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新鬼平随想録
第13回 『人足寄場(にんそくよせば

 平蔵は犯罪を取り締まる一方、江戸へ流入する無宿人に職業訓練を施し、就職をさせる人足寄場設置を提言するとともに自らその建設と運営に当たり、犯罪の予防をも図った。93話「殿さま栄五郎」(『オール読物』昭和51年3月号。文春文庫14巻)には、その模様が次のように書かれている。
 平蔵は「近年の飢饉つづきによって、諸国から江戸へ群れ集まる無宿の者が跡を絶たぬ。なれど江戸の町は彼らのことごとくに食を与え、職を与えるわけには参らぬ。これらの窮民が無頼の徒と化し、盗賊に転落する者も少なくない。よって江戸へ入ってくる無宿の者を集め、これを一箇所へ収容し、仕事を与え、手に職をつけたら、彼らの更生と転落の防止の一石二鳥になる」と考え、老中・松平定信へ人足寄場の設置を建言した。
 しかし幕閣は「そのような小細工をしても、満ち溢れる浮浪の徒を収容しきれるものではない」と反対する。平蔵は苦笑して「浮浪の徒と口を聞いたこともなく、酒を呑み合うたこともない上の方に何がわかろうものか。何事も小から大へ広がる。小を見捨てて大が成ろうか」といい、ねばり強く建言を続け、ついに松平定信が断を下し、江戸湾の石川島に人足寄場を設けることになった。
 寄場は3棟の建物と浴場、病室等から成り、ここに収容された無宿者は約3年間、それぞれの職業を習い覚え、これなら正業につけると判断されるや、釈放されて世間へ出られる。
 ところで、この話は以下のような事実に基づく話なのである。
 寛政元年(1789)、平蔵が4月と12月に人足寄場設置の上申書を提出したころ、同2年2月、老中・松平定信は石川島に人足寄場を設置することを決定し、平蔵は人足寄場取扱の兼務を命ぜられる。
 これを受けて平蔵は次の諸点に苦心して、寄場の設置・運営に当たった。
 第一は寄場の早期開設である。平蔵は無宿人と佃島住人を動員して石川島の中州の埋立て、整地を始めるとともに小屋、長屋、船着き場等の工事を急ぎ、5月には寄場がほぼ出来上がった。これに伴い4月から無宿人の収容を始め、収容人員は4月1日に207名、5月初旬には390名を数えた。
 第二は原材料の調達である。平蔵は改易された武家の屋敷を貰い、寄場の建材に使い、また各寺に積み上げてある無縁仏の墓石を貰い、護岸工事に用い、さらに役所から古帳面も大量に貰い、再生紙を作り、市販する。
 第三は運営資金の確保である。初年度寄場予算は米5百俵、金5百両であったが、次年度は財政難で米3百俵、金3百両に削減された。そこで平蔵は定信の了承を得て同3年4月、町奉行と同席の上、物価を引き下げるよう江戸の主たる商人に命じ、御金蔵から借りた3千両で銅銭を買った。このため銭相場は1両に付き6貫2百文から5貫3百文に上がり、物価が下がったが、平蔵はすぐ金を買い戻し、御金蔵に返金した後の残金を寄場予算とした。この平蔵の切腹覚悟の投機がなければ、寄場は存続できなかったであろう。
 加えて平蔵は寄場の空き地を材木置場、かきがら置場、種炭置場として民間業者に賃貸し、寄場費用の3分の1を補った。
 第四は多様な職業訓練の実施である。平蔵は無宿人が就職したい職業の訓練を行うこととした。このため寄場外では、川ざらい、材木運搬、水運搬、御蔵人足、船頭、外使い、野菜作りの7職種の訓練、また寄場内では、大工、左官、屋根ふき、鍛冶、たどん作り、紙すき、表具、ろうそく作り、桶作り、竹笠作り、貝等の細工、彫刻、画工、足袋作り、草履作り、米つき、髪結い、煙草の葉刻み、女性には洗濯、裁縫、補綴(ほてい、雑巾刺し、機織りの23職種の訓練が行われた。
 そして訓練作品が売れると、売上代金の2割を経費として差し引き、残金の3分の1を本人の貯金とし、貯金が一定額に達した時に釈放された。また残金の3分の2は毎月10日毎に本人に手渡されることになっていた。さらに就職者には開業資金の援助や職人道具の贈与も行われた。
 以上であるが、平蔵は寛政2年11月、寄場設置の功労で金3枚、時服(じふく(*)2を賜わり、同4年6月、寄場取扱の兼務を解かれた際にも、御褒美として金5枚を賜わっている。
 なお平蔵が火付盗賊改めとして評定所(最高裁判所)まで伺いを立てて判決を出した事件は、天明7年4件、8年5件、寛政元年4件、2年9件、3年19件、4年26件、5年47件、6年67件、7年15件である。3年には(あおい小僧等の大盗を逮捕し、以後も治安悪化に対処して件数を上げ、6年10月に御褒美として時服3を賜わっている。また上の合計196件の事件数は抜群の成績で、7年5月平蔵が発病の際将軍より高貴薬を賜わり、御役御免が許可された際にも永年の精勤に対し金3枚、時服が与えられた(重松一義『長谷川平蔵の生涯』新人物往来社)。
  *時服 (将軍から臣下に下賜(かしされた時候にふさわしい衣服)