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新鬼平随想録
第21回 『おまさ五郎蔵』

 常陸を中心に犯行を重ねる盗賊・白根の三右衛門の配下に、こいぎものお里と呼ばれる引き込み女がいた。鯉を料理する時、うっかりにがぎもと呼ばれる胆嚢たんのうをつぶすと、苦味にがみ臭味くさみが取れない。そんな呼び名を持つお里は相当なしたたかものであるらしい。
 この年の夏、白根一味は沼田の酒問屋を襲い、1,500両盗んだが、お里は完璧な引き込みをしたので、50両もの分け前をもらった。そのお金で来春までは、江戸で好きな博奕ばくちや恋をして暮したいとお里は思っている。
 今日も昼は湯島の化粧品屋・丁字屋ちょうじやの手代・徳次郎を、不忍池の出合茶屋・月むらに誘い出し、逢瀬おうせを楽しんだ。無論徳次郎には、その都度相当なお金を与えているが、そのお金を稼ぐために、盗みばたらきをしているというのがお里の考え方である。
 また夜は南八丁堀の西尾隠岐おきのかみ・下屋敷の中間ちゅうげん小屋で開かれている博奕場へ遊びにいく。だが今夜はつきが全く廻ってこない。諦めて牛の草橋を渡っていると、若い男が一人橋板に横たわっている。男は炬燵こたつが売れず、空腹であるらしい。面差しが10年前に亡くなった弟・米吉と似ていて、可愛相になったので、お里は近くの飯屋・大根やへ連れていく。
 弟と似た名の岩吉は、あっという間にのっぺ汁を3杯、飯を7杯も食べると雪隠せっちんへいった。しかし戻らないので、腹でもこわしたのかと心配になり、店の女房に聞くと、裏から帰しましたよ、あんな真面目な若者をたぶらかすなんて、するもんじゃないという答え。勘違いもいいところだと怒ったお里は女房を突き倒し、1両小判を叩き付けると、身をひるがえし、闇の中へ消えた。
 すぐにその後から小間物行商の姿をした密偵・おまさが、勘定を置くや外へ走り出た。1両(約10万円)もの大金を粗末に扱う女は盗賊ではないかと疑いつつ後をつけると、近くの小さな家に入った。翌朝おまさが近所の人に聞くと、そこは腕のいい煙管師きせるしで松五郎という独り暮らし老人の家であった。姪というあの女が昼前に外出し、不忍池の出合茶屋・月むらへ入った。
 夕方おまさは役宅に伺い、長官にこの話を報告すると、女は盗賊だろう、松五郎は改め方が昔捕り逃したという盗賊・長虫ながむしの松五郎やも知れぬ、他の密偵にも見張らせようと評価をされたので、とても嬉しかった。
 その結果密偵のうち大滝の五郎蔵が2人の正体をつきとめた。五郎蔵は本格の盗賊・みのの喜之助のもとで修業し、独立したが、部下に裏切られ、死ぬところを平蔵に助けられた。それで密偵となったが、今や密偵達のリーダーとなり、平蔵の信頼も厚い。
 その五郎蔵が密偵で義理の父の舟形の宗平に聞いたところ、27年前初鹿野はじかの一味にいた時、流れつとめの長虫の松五郎とお盗めをした、4年前目黒で再会した松五郎は煙管師になっていた、その時亡き息子が仕込んだ流れ盗めを嫁の鯉肝のお里がしているといっていた、と話してくれたのである。
 これを聞いた平蔵は、程なく松五郎の家と路地をへだてて裏手が向い合っている家が空いたので、おまさと五郎蔵を住まわせた。おまさはまゆを落とし、お歯黒をし、日本橋の大店の番頭の女房になりきって、見張りをしていたが、年が明けてもお里の行状は変わらず、松五郎も毎日煙管を作っている。
 そして正月も終わろうとするある早朝のことである。ふと目覚めたおまさは傍に眠っている五郎蔵を見て深いためいきをついた。昨夜2人は肌身を許し合ったのである。
 盗賊時代の2人は夫婦に化けても、情に溺れることは一度もなかった。また密偵達で2人の役を心配した者も全くいなかった。それがどちらともなく腕をさしのべ抱き合ったのである。
 考えてみれば五郎蔵は盗賊としても第一級の人物であり、おまさも頼もしく思っていた筈である。またおまさも第一級の女賊であり、五郎蔵も嫌っていた筈がない。一つ家で1ヵ月の夫婦としての生活が、お互いの好意を心にまで育てたというより他にない。
 昨夜五郎蔵に抱きしめられた時、おまさは、これでいい、これでいいのだと感じた。この五郎蔵への心と、少女の頃より抱き続ける平蔵への思慕とは、別のものと感じたのである。
 いつしか五郎蔵が眼をさまし、夫婦して長谷川様のために働くのも悪くはないと思うと男らしくいった。五郎蔵がそこまで考えていたとは思わなかったので、おまさは嬉しいと思った。
 その直後である。ひたひたと路地を入ってきた足音が松五郎の家の裏口の前で止まったのを、2人は同時に感知した。すぐに飛び起き、秘密の小窓からのぞくと、裏口の戸が開いてお里が現われ、旅の男が中へ入り、戸が閉まった。共に手早く身支度をし、五郎蔵は役宅へ急行し、一方おまさはお里と旅の男を尾行する。
 2月下旬のある夜、お里を含む盗賊・白根の三右衛門一味18名が水戸城下外れの盗人宿に集合したところを改め方と水戸藩奉行所により一網打尽にされた。おまさと五郎蔵の手柄であった。
 江戸で平蔵が取調べた結果、三右衛門は死罪、お里は遠島となった。ただし松五郎についてはお里が口を割らないのを幸いとして、平蔵は見逃した。生かしておき良い煙管を作らせた方が世の為になると判断したのである。
 こうして春になると、おまさは平蔵夫婦の媒酌で五郎蔵と夫婦のちぎりを結んだ。婚礼は役宅の書院で、同心や密偵達が列席して行われた。その時形ばかりながら綿帽子をかぶり、紋服姿の五郎蔵へ寄り添ったおまさは、頼もしい夫と力を合わせ、長谷川様のために命をかけて働く後半生を得たことに、幸せを感じていたに違いない。
              (58話「鯉肝のお里」文春文庫9巻。130話「迷路」文春文庫22巻)