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新鬼平随想録
第22回 『おまさ誘拐』

 1月も終わろうとするある日、平蔵は友人の京都町奉行所の浦部与力から、近頃火付盗賊が出没して困っているとの手紙を貰った。これが江戸へ移ってくると一大事であり、すぐ平蔵は密偵達にも注意するよう伝えた。
 またその頃松永同心が芝の扇屋の番頭で密偵の茂兵衛に会ったところ、前の茶店にいる男は相川の虎次郎という上方の盗賊だといわれ、逮捕した。おまさは当初この二つの事件が自分に関係するとは予想もしなかった。
 一方松永同心は厳しく取り調べたが、虎次郎は江戸へつとめにきたのではないこと以外は白状しない。そこで平蔵の指示により松永同心は3日目の深夜、江戸で盗めをしない約束をさせ、虎次郎を役宅の牢から放った。彼は両眼に泪を光らせ、両手を合わせ、深々と頭を下げてから、提灯を持って東の方へ消えていった。
 しかしおまさを含め沢山の密偵や同心が入れかわり立ちかわり尾行し、最後に彦十が、入谷の幸龍寺の小屋が隠れ家であることを突きとめた。その時はもう朝になっていたが、虎次郎は小屋へ入ると顔を剃り、着物を替え、別人の様になって外出し、本所の茶店・笹屋へ向った。この動きは彦十によりすぐ役宅へ知らされた。
 笹屋の女主人・お熊は若い頃より平蔵が好きで、今も茶店を密偵達の連絡場所として使わせる等平蔵の仕事に協力を惜しまない。そこへ見知らぬ男が現われ、お熊さんですね、おまささんの住所を教えてほしいという。警戒をして教えないでいると、おまささんの住所を教えてくれた方がおまささんの為になるのにといって、お熊が一寸と奥へ入ったすきに、その男は消えた。
 外へ出たその男、虎次郎をおまさが尾行し、次の密偵と交替すると、お熊の店へ戻り、彼が何を話したかを尋ねた。そしてその内容を聞くや顔色を変え、すぐ外へ出てかごを拾い、役宅へ駆け込んだ。
 というのは、かって荒神・峰山一味が一網打尽となった時、荒神のお夏一人が逃亡した(第17回「平蔵の妹お園」参照)。その後お夏はおまさが盗賊ではなく密偵であり、自分を裏切ったことを知ったに違いない。そこでお夏は二度も訪ねたおまさの隠れ家、お熊の笹屋を虎次郎に教える。そしておまさを誘拐しようとしているのだと直感したのである。
 長官はおまさに役宅へ直行した判断をめた後、今後どうするか尋ねると、形を改めてからおまさは、「虎次郎が私を探しているなら、誘いにのってもようございます」ときっぱりという。そうすれば彼の後ろにお夏がいるかどうか、京の火付強盗はお夏の仕業かどうか、お夏は江戸へ又きて火付強盗をやるかどうかが分かると、その理由も述べた。
 平蔵は、自分がどうなろうと江戸の町民を火災、殺害、盗難から守ろうとするおまさの決意の程を、見上げたものだと感心するのであった。
 そこで平蔵は幸龍寺へ小柳同心を、近傍きんぼうの本念寺へ松永同心を僧にして送り込み、虎次郎の監視を強化した。3日目の午後、小肥りの浪人が虎次郎の小屋を訪ねてきた。この情報はすぐ小柳、松永、密偵を通じて役宅へ伝えられ、平蔵は小柳の妻・お園とお熊の笹屋へかごで急行した。
 一方小屋を出た浪人は予想通り笹屋へ入り、酒を飲む。そこへお園がきて、お熊と奥へ入った後、土間へ出てきて、おまささんが明後日夕方訪ねてきますよといってかごで帰った。続いて平蔵がきて、おまさはいるかと尋ね、お熊が明後日夕方くるよと答えると、酒を飲み出した。これは貴重な情報を得たと思った浪人は上機嫌で外へ出ていった。
 外へ出た浪人は松坂町の宿屋・三州屋へ入り、翌日午後訪ねてきた背の高い浪人と何かを相談していた。背の高い浪人は夜三州屋を出ると、品川の宿外れの怪しげな宿屋・日野屋へ入ったことが密偵から平蔵に伝えられたが、この日野屋こそ後述するように京の火付強盗の江戸の盗人宿であった。
 その翌日の午後、おまさは長官から手配に抜かりはない、しっかり頼むといわれ、かごに乗り、頼もしい夫の密偵・五郎蔵が尾行し、笹屋へ向った。近くで降りて歩き出すと、二人の浪人が現われ、おまさは当身をくらって気絶、かごに乗せられ、御厩おうまや河岸で舟に移された。密偵が舟で懸命に尾行したが、おまさの舟を見失ってしまった。
 しかし平蔵は少しもあわてず、見失った場所が例の日野屋の近くなので、おまさはそこにいると推定し、翌日午後五郎蔵等と秘かに日野屋を調べた。その結果、お夏が若い頃加わっていた上方の盗賊・初代三河(そうご)の定右衛門一味の男川の久六が日野屋にいること、小肥りの浪人・神谷が近くの道を歩いていたこと、泊り客がないこと、地下蔵があることが発見され、ここは二代目の江戸の盗人宿で、おまさがいると平蔵は判断した。  その頃おまさは正にその地下蔵にしばられていた。ただ神谷浪人が背の高い平山浪人達に、この人はある人に頼まれた大事なあずかりものだと注意してくれたので、大切に扱われていた。そして二人きりの時、神谷浪人はこんな目に合わしたのは、義理も恩もある荒神のお夏に頼まれたからだ、お夏さんはお前を密偵とも知らず、引き取って一緒に京で暮したいのさと話してくれた。そこへ平山浪人がきて、二代目は3月に江戸で畜生ばたらきと火付けをする予定だが、京でさんざんやってもう嫌になったと二人が話すのをおまさは聞き、長官に早く知らせたいとあせった。
 その夜三河一味の者が連絡にやってきて久六が地下蔵の神谷浪人と平山浪人に、押し込みの日が早くなったことを伝えたところ、二人共それには参加しないと答えた。久六はうちのお頭は裏切りを許しませんよといって去っていった。
 一方次の日の夜、松永同心は長官の許可を得て、動きのない虎次郎と会うため、新寺町通りの居酒屋鍵屋へ行った。虎次郎はびっくりしたが、松永同心の質問に対し、おまささんにあんなことをしたのは義理のある人に頼まれたからだ、その女の人はおまささんに打ち込んでいる、何かあったら軍鶏しゃも鍋屋なべや・五鉄につなぎをつけると答えた。
 またこの日、平蔵は南品川の荒物屋にできた、同心3名、密偵5名がつめる見張所へ出かけた。そこから日野屋を見ると、3人の浪人が刀を抜いて日野屋の入口にいるので、平蔵は木村同心と日野屋へ向った。3人のうち1人が戸をたたき、久六を呼ぶと、久六は地下蔵に行き、平山浪人に三河のお頭のつなぎの人がきたといって入口に連れてゆき、戸を開け、背中を押した。
 ここで135話「誘拐」(文春文庫24巻)は、平成2年5月、作者逝去のため未完となる。しかし「誘拐」は文芸春秋社のアンケートによれは第4位の人気作品であるし、私も大好きな作である。従ってこれは未完の完成作であると思っている。
 この人気の秘密を考えると、三つあり、第一は気力の作品だからだと思う。平成2年、池波は既に急性白血病におかされていたが、1月に「気力をふるい起し鬼平の原稿を5、6枚、書き出しておく」、「鬼平10枚すすむ」(『銀座百点』3月号)、2月に「毎日、鬼平犯科帳を少しずつ書きすすめている」(同3月号)と書いている。従って池波は気力で執筆し、作品は迫力ある内容となっていると思う。
 第二は筋書のない作品だからだと思う。多くの作家はあらかじめ筋書を考えてから書き始める。池波はそうではなくてその都度その都度筋書を考えるので、本人も結末がどうなるか分からない。従って「誘拐」は読者にも結末が見通せないまま終わるが、それが一言でいえばいいのである。
 第三に不幸な女性が幸福になる作品だからだと思う。池波は「父親が死んだ後、たよるところもないままに、盗みの世界に入って、身も心も汚れつくしたとおもい込んでいたのに、まるで生まれ変わったような充実感がいまのおまさにはあった」と130話「迷路」で書いた。このおまさの充実感は、誘拐をされても、自分が命をかけて江戸の町民を火災、殺害、盗難から守ろうとする行動の中から生まれるものである。