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新鬼平随想録
第26回 『番外編 乳房(下の弐)』

 一方松浦屋はその時風邪をこじらせ、寝込んでいたが、長次郎の急死の知らせに衝撃を受けた。彼ならばお松さんをきっと説得し、後添いにしてくれると思っていたからである。
 2月25日の午後、ようやく松浦屋は長次郎の弔問に訪れた。お松は中村先生の奥様に呼ばれて留守であったので、松浦屋はこの機会に祖母であるお兼に、お松さんを後添いに是非共貰いたいと熱心に訴えた。これに対し孫娘は2、3度世帯を変えており、大店の御主人の後添いにはふさわしくないとお兼は断るが、松浦屋は過去を全く問題にしない。
 その頃、市中見廻り中の平蔵は急に中村先生宅へ向かい、近くで女頭巾の人(お松)と擦れ違った。折よく在宅していた先生は、先日話をしたお松がつい先程までいたが、とてもいい人だ、妻は是非共養女に迎えたいと思っていると述べた。幕臣の中村家はお松の身元を必ず調べるし、お松も養女を断るに違いない。だが万が一に備え、平蔵はお松を見たくなる。
 編笠をかぶったままで平蔵はつかつかと小間物屋に入り、懐紙を求める。お兼からそれを受け取り、代金を払いながらお松の顔を見た後、外へ出ていった。しかしお松は火付盗賊改め方長官が見ていたとは夢にも思わない。一方長官は、お松という女、中々善い顔をしていると思いながら、駕籠で芝口の見張所へ向かった。
 その夜お松は長次郎の家で寝たが、中々眠れない。2月の初め、思い切って女頭巾を取り、女中仲間のおきねと会った場面が脳裡に浮ぶ。おきねは気が付かなかった。それ程私は変わったのか。それなら江戸でも生きられる。つい、そう思ってしまう自分が嫌になり、今夜も勘蔵に許しをい始める。
 またあの日松浦屋さんが私を見つめた眼の光りを想い出す。松浦屋さんはどうして私を後添いにと執心しゅうしんなさるのだろう。私にはそんな資格は全くない。今夜も思いはそこに落ち着いてしまう。しかし明け方近くになって、そうだ、私は生きているかぎり、罪ほろぼしをしなくてはならないと初めて思い至ったのである。
 明けて26日。海老屋の女中で、倉ヶ野一味の引き込み女おせきが外出し、いつもの飯倉の料理屋へ用事で行った。しかし今日はすぐに帰らず、増上寺の境内に入り、町人風の男と擦れ違いざまに結び文を交換した。尾行してきた小柳同心と密偵彦十は、男の方の尾行に切り換えて、松本町の宿屋桐屋が盗人宿であることを突き止めた。
 一方この日の午前、松浦屋が香典金10両を持って現われ、新しい仏壇に長い間お参りをし、すぐ帰っていったが、お松のことを諦めたわけではない。
 松浦屋は少年の頃奉公に上り、身を粉にして働き、婿養子となるが、最近妻子を病気で失う。養家を守り、子に後を継がせて行くためには、一日も早く後添いを得たいが、中々いい人がいない。しかしお松さんと会った時、この人なら申し分のない商家の妻になれると確信した。お松さんには私心や我欲がない。それが一番大事なことであると松浦屋は考えていたのである。
 ところで松浦屋が多額の香典を持ってきてくれたので、お松は礼儀としてすぐ早稲田の松浦屋へ挨拶に行った。すると奉公人全員がお松を主人の命の恩人の様にもてなしてくれる。松浦屋は薬を扱うだけに堅実な商売を行い、また本人も経験したので、奉公人を大事にしてきた。それは知らないけれども、お松は奉公人全員が松浦屋さんを慕っていることを知る。
 そして店、住居の中をくまなく見せられたが、何処も彼処も清らかに整えられており、女中達の手料理で昼餉ひるげもよばれ、いつの間にか二刻も過ぎた。駕籠に乗ると、松浦屋は町のはずれまで付き添い、お松さん28日に伺いますから必ずいて下さいと万感を込めて一言いった。
 駕籠に揺られつつ、お松の心も揺れる。松浦屋さんがこんなに望んで下さるなら、思い切ってあの人のお力になってあげるのも一つの道、こうして生き延びているなら、人の為に役立つならどんなことをしてもいいのではないかという思いが湧いてくる。
 そして26日の夜。盗人宿桐屋発見の報告を受けた平蔵は、佐嶋与力と小柳同心に対し、倉ヶ野は極めて用心深いので、岩五郎だけを頼みとする作戦を提案する。海老屋の金蔵の錠前を外せるのは岩五郎だけである。だから必ず押込日を知らされるが、それを佐嶋に知らせられまい。そこで岩五郎が女房を新堀端の茶店柏やに行かせ、押込日に10を加えた数の月夜饅頭を買わせる。我らは海老屋を見張るが、一切動かず、柏やのみを見ておればよい。なお柏やの主人は古い友人で、わしが明日話す。という平蔵の話を聞いて、2人の部下は平蔵の周到な作戦に感服することしきりであった。
 翌2月27日。平蔵は新堀端の柏やを訪ね、協力を頼んだところ、若い頃の遊び仲間の主人は二つ返事で了承し、夕方から密偵彦十も連絡役として柏やに住み込んだ。
 他方その夜お松は松浦屋に嫁ぐ決意を固め、相談すると、お兼は一言、思うようにやってみなさるがいいと許してくれた。しかし残してゆく老夫婦が心配であるお松は、2百両近く残っていた長次郎に預けたお金のうち百両を、ポンとお兼に贈るのであった。
 そして迎えた2月28日。松浦屋がやってきて、結婚を申し入れた。お松が承諾すると、泪ぐんで深く頭を下げたまま、松浦屋は胸にこみ上がるものを懸命にこらえている。
 しばらくしてお松が、子は生まれないかも知れませんというと、松浦屋は生まれないはずがありません、万一生まれない時は、養子を迎え、家業が正しく引き継がれていけばよいのですとお松の不安を和らげ、結婚式はめでたく3月15日と決められた。
 そして3月14日。倉ヶ野が動いた。昼過ぎ芳之助が御厩河岸の岩五郎の居酒屋に連絡に現われ、夕方某所で2人は密会した。そこから帰った岩五郎は女房に、新堀端の柏やの月夜饅頭が評判だと聞いた、縁起のいい数の25箇買ってきてくれと頼む。
 柏やの主人が御厩河岸から買いに来たと答えた女性客に25箇の月夜饅頭を渡すと、密偵彦十は駕籠を使い、改め方へ急いだ。報告を受けた平蔵は勇みたつ部下を制し、明日の押込日に包囲網を敷くことにする。
 その頃お松は、いよいよ明日は身一つで嫁ぐ日だと思っている。しかし不安が全くないわけでもない。そんなお松を、もし駄目ならここへ帰ってくればいいといってお兼は励ます。
 こうして迎えた15日の朝、改め方の与力同心15名は、変装して1人、2人と役宅を出発、日暮れまで見張所へ集結する。また長官、与力同心、捕手の計15名は、同様にして協力者の医師邸に一旦集結、夕暮れから海老屋に近い協力者の旗本屋敷へ移動した。
 一方昼過ぎ、お松とお兼夫婦は出迎えの駕籠に乗り、松浦屋に到着する。そして夕刻から近くの精進料理屋で、親類だけが出席し、祝言と披露宴が行われた。それは、亡くなられた方をうやまい、身一つで嫁ぐ身をわきまえるお松の気持が反映された、慎ましくそして温かい結婚式であった。
 他方岩五郎は昼過ぎから居酒屋豆岩で夜の肴の準備をしながら、今夜は久し振りに博打をやりたいと女房をいつわり、午後9時になると、後をまかせて、倉ヶ野一味の集結場所へ向かった。
 真夜中、見張所の酒井同心が「出た」といった。月はなかったが、地から湧き出た様に黒い人影が一つ二つと海老屋の軒下に現われた。小柳同心が一味に気付かれないように、旗本屋敷の長官へ報告に行く。
 軒下の盗賊が15人になると、徳兵衛が立ち上がり、傍の1人に通用口をたたく様命ずると、引き込み女が内から戸を開けた。一味が入ろうとした時、通りの北側に高張提灯が五つ、やみの中に浮き上り、南側から「倉ヶ野の徳兵衛。盗賊改め方長谷川平蔵である。神妙にいたせ」という声が響き渡る。それは岩五郎の大手柄であった。
 それから5年後の寛政5年の晩夏。平蔵は寸暇を得て雑司ヶ谷の鬼子母神へ散策をし、茶店で休んでいた時のことである。あのお松が男の子を女中に抱かせ、隣の茶店へ入っていく。これまで中村先生から彼女の消息をいくつか聞いていたが、平蔵は彼女をよく見たくなり、隣の茶店へ移った。そして彼女のきれいに結い上げた髪、青々とした眉の剃りあと、落ち着いた上田うえだつむぎの着物を見ても、素晴しい女房振りで、病気の主人に代ってお店を上手に経営している様子が感じられる。
 しかし、さすがの平蔵もお松と倉ヶ野や芳之助との関係までは知らない。2人は平蔵が密偵にしようとしたが、これを断り、お松のことも隠し通し、潔く刑死していった。
 ややあって平蔵は茶店を出るが、その時お松は眠っている3歳の我が子庄太郎に眼をやり、鬼子母神様の御加護を願っていた。というのも夏の初めに主人が他界していたのである。
 その際主人はもう安心して死ねます、お前さんは私の思った通りの人だったねといった。お松には私心がないし、我欲もない。だから奉公人達はお松を中心にして、若旦那が大きくなるまで結束していこうと思っているし、親類達もそう思っているのである。
 お松が帰ろうとした時、中年女の無銭飲食が起きた。お松は女中を先に帰らせ、店の者に代金を払うと告げ、女には酒を振舞った。するとその女は、自分には勘蔵という忘れられない男がいた、どんな女にも不作の生大根といったが、深川の漁師の娘(お松)だけは忘れられないといっていたと語る。実はこの女はお松から勘蔵を奪ったおさんで、ゆすりで島流しになり、最近戻ったのである。お松は彼女に1両を与え、店には後を頼んで大目に勘定を支払い、静かに立ち去った。
 その日平蔵は夕食の時、いや女は強い、今日鬼子母神でそう思った、女は男にないものを持っているからといって、胸に両手を持ってゆき、乳房の形を作ったので、妻の久栄に、きつく叱られてしまった。(乳房 完)