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新鬼平随想録
第29回 『5年目の客』

 平成28年12月2日、中村吉右衛門主演の映画『鬼平犯科帳』(フジテレビ)の第150話「鬼平犯科帳ザファイナル」の前編「5年目の客」が放送された。脚本は金子成人、監督は山下智彦、女主人公のお吉は若村麻由美であった。以下池波の原作の概要と映画の感想を述べてみたい。
 厳しい残暑が消えた日、平蔵は久栄に気晴らしをしてくるといって深川の舟宿・鶴やへ向かった。亭主の密偵・粂八に舟を漕がせ、大川を上り、浅草今戸橋にある料理のうまい舟宿・嶋やに着いたのは、午後2時頃であった。
 そこには既に剣友・岸井左馬之助がきていた。平蔵は改め方の仕事を日頃よく助けてくれる友をねぎらおうと思い、役宅を出る時、押上村の彼に使いを出したのである。
 それから3人は実に楽しい一刻を過ごしたが、鶴やで飲み直そうということになり、1同舟着場に出た時である。粂八が今戸橋を渡っていくあの男は遠州の大盗賊・羽佐間の文蔵一味の江口の音吉だとささやいた。すると岸井がよし俺が行くといって、平蔵から深編笠を借り、割としっかりとした足取りで音吉の跡をつけていった。
 一方平蔵は舟に乗り、粂八から羽佐間の文蔵が情け容赦のない凶盗であり、同僚だった音吉も引き込みの上手な男だったと聞き、一味が江戸の大店を狙っていると直感する。
 岸井は午後10時過ぎに鶴やに現われ、あれから音吉は、浅草橋の舟宿・近江屋へ入った、間もなく色白で30がらみの女性が駕籠で乗りつけ、1時間後に駕籠を呼んで帰っていった、程なく音吉が出てきて東神田の旅籠・丹波屋へ帰っていった、音吉はそこでお客として泊っているようだ、近所の蕎麦屋の亭主によれば、丹波屋は高利貸もやっており、お金持で有名である、と本職顔負けの報告を行った。
 これを聞いた平蔵は今夜にも一味が襲うかも知れないと秘かに緊急手配をしたが、この夜は無事であった。さらに監視を続けていくと、岸井の見た女性が近江屋の女房・お吉であることや音吉が府中の商人といって長期宿泊をしていることが分かってきたが、お吉と音吉の関係がなかなか分からない。
 実はお吉は5年前の24の時、品川の百足屋むかでやで遊女をしていたが、音吉はその時のお客の1人であった。ところが江州・長浜の商人の音吉が毎日仕出し料理を取り、大酒を飲んだので、店の者が心配をした。しかし彼は名古屋の大店への押し込みの成功により親分の文蔵から分け前を貰っていたので、お吉に胴巻の78両を見せて、安心をさせたのである。
 一方お吉は今の北区の岩淵に生まれたが、両親を早々となくし、12の時に鳩ヶ谷の旅籠へ下女奉公に出る。また6歳の弟は叔母が女房である川口の鍛冶屋に引き取られた。だがお吉は旅籠の主人に手ごめにされて追い出され、それから転落が始まり、20の時百足屋の遊女になってしまった。
 音吉の大金を見たお吉は、この金さえあれば、弟の重い病気も治せるし、叔母夫婦も助けられると思い、音吉の眠っている間に50両だけ盗み、川口へ逃げ、更に叔母夫婦と弟を連れ、信州・上田まで逃げた。
 朝になって目覚めた音吉は、町役人の取調べを嫌い、女はまだ寝ているといって勘定を済ませ、さっさと百足屋を発った。そして1年経ってお吉のことなどすっかり忘れてしまった。
 他方お吉達は50両のお蔭で上田にうまく住みついたが、それもつかの間、疫病で叔母と弟が亡くなり、天涯孤独となったお吉は江戸へ帰り、浅草の甘酒やの茶汲女となる。
 去年の晩春、そこへ女房を亡くした丹波屋源兵衛が同業者に誘われてやってきた。最初は女房にするつもりはなかったが、お吉と何度も会ううちにこの女性ならと思うようになった。若い頃から苦労にさいなまれてきた彼女は本当に無欲であったのである。
 そしてお吉を女房にしてみると、苦労をしているだけに奉公人の使いこなしもお客様への対応もしっかりとしており、源兵衛は喜び、そしてお吉も主婦の喜びを初めて感じる。そこへお客として音吉が現われたのである。
 ところでその日平蔵は音吉が外出したとの報告に何かを感じ、同心1名を連れて自ら尾行することとした。音吉は今戸橋を渡り、玉姫稲荷の後ろの林に入って老爺と会い、押し込みは明後日の八ツ(午前2時)であるとの最終連絡を受ける。
 その後同心は老爺を、平蔵は音吉を尾行するが、音吉は今度は浅草の舟宿・笹やへ入った。平蔵は近くに住む密偵に同心2名を連れてくるよう頼み、屋台で見張っていると、かなり経ってからお吉が出てきて駕籠で帰った。しばらく経ってから女中の叫び声が聞こえたので、平蔵が飛び込むと、音吉が手ぬぐいで絞殺されていた。平蔵は身分を明かし、音吉の部屋を閉鎖し、やがて到着した同心を使い秘かに死体を役宅へ運び込んでしまう。
 一方帰宅したお吉は眠れなかった。旅籠の女房として挨拶に行き、音吉を見た時、とうとう見つけられたと思って震えていたが、音吉は浮気をしにきたのかと勘違いをした。そして引き寄せようとすると、お吉はやはり赦してくれないのだと勘違いをした。それから2人のあいびきが外で始まった。
 しかし浅草橋の舟宿の別れ際に、お吉はいつ江戸を発つのか思い切って聞いてみた。音吉はまだまだ先のことだというので、もうこれ以上店の者や旦那をごまかすことはできないとお吉はこの時重大な決断をしたのである。
 笹やで音吉が酒を飲んで眠り始めたのを見はからい、お吉は用意の手ぬぐいで首を絞めると、あっという間に音吉が死んだ。頭巾をかぶって出入りをしたし、証拠も残さなかったが、今は不安がつのってしょうがない。
 店の方でも音吉が戻らないので皆が騒ぎ始めたが、夫は翌日の午後まで待ち、お上に届け出た。すると奉行所ではなく、火付盗賊改め方の与力と同心2名が現われ、旅籠内の全員に外出を禁止した上、同心2名が奉公人に変装をしたのである。
 更に次の日、平蔵と岸井が浪人姿でやってきて泊り客となった。そして八ツになる前、百姓風の粂八があの老爺の百姓家に集った一味が間もなく丹波屋を襲うと平蔵に知らせにくる。
 その知らせ通り丹波屋の表口へ10人の黒装束が音もなく駆け集まり、1人がこつこつと叩くや戸が開く。音吉が開けてくれたと思った10名が内へ躍り込んでいくと、待っていた平蔵達が1人残らず逮捕をした。
 この後丹波屋の主人夫婦をはじめ奉公人一同が1人ずつ役宅へ呼ばれて平蔵の取り調べを受けた。お吉はすべてを白状したが、その時平蔵は、お前夢を見ているのではないか、笹やで殺されたのは、江口の音吉という悪党だ、そんな悪人と丹波屋の女房が関係のあるはずがないというと、どっと泣き崩れるお吉へ、立て、亭主が案じていようと更にいった。

 しかし映画では原作と違う場面がいくつかある。その一つは東神田の旅籠・丹波屋を見張るため、五郎蔵が屋台を出していると源兵衛とお吉が現われ、そこへ平蔵も加わる。そして源兵衛が先に帰った後、平蔵がお吉にいいご主人だというと、お吉はええ、私には勿体ない位という。そこへどこからか三味線と唄が聞える。平蔵が敦賀つるがぶしか、というと、五郎蔵が近頃じゃ新内しんないというそうで、と答える。その時お吉の眼から涙が一つこぼれる。
 もう一つあげれば、映画では弟は亡くならないで、お吉のお蔭で家を買い、かんざしを作る職人となり、嫁を貰って子供も授かる。ある日お吉はそんな弟を訪ね、密偵がつけていることも知らず、過去を打ち明け、夫を裏切っている苦悩を話してしまう。
 そんなお吉の夫や弟への愛情や苦脳を垣間かいま見た平蔵が、正直に殺人を犯したことを白状するお吉に対し、それは夢だよ、第一、笹やで殺人があったなどと届け出もないんだよ、夢だよ、といって赦すのである。
 この脚本を書いた金子成人は、原作者の人間観、世界観を損わないように心掛けたと語っているが、具体的には池波の小説の世界を損わず、お吉や平蔵の心理を深く掘り下げる脚本を書き、監督、出演者、スタッフとともに見事な映画を作り上げている。