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新鬼平随想録
第30回 『暗剣白梅香はくばいこう
 

 池波も見たという中村吉右衛門主演の第1話「暗剣白梅香」(フジテレビ)は、平成元年7月12日に放送された。脚本は小川英、監督は小野田嘉幹、金子半四郎は近藤正臣、おえんは西川峰子であった。池波の原作(第6話)の概要と映画の感想は以下の通りである。
 その日平蔵は親交のある表御番医師を芝の屋敷に訪ね、男子の初孫誕生のお祝いを申し述べたところ、夕食を馳走になり、午後8時頃辞去した。
 提灯ちょうちんを持ちながら左側に大名屋敷の塀が長々と続き、右側に汐留川をへだてた浜御殿の森が広がる道をいくと、一瞬、自分の後ろから闇がふくれあがり、呼吸をして抱きすくめる様な気配を感じて立ち止った。振り向くと人影はおろか犬の仔一匹も見えない。
 しかし前方に小橋があり、平蔵が渡りかけた時であった。背後から突風の様に迫る殺気を感じた平蔵は、振り向かないで全速力で駆けながら大刀をぬき払うや身を沈め、背後の敵をなぎ払う。敵は平蔵の頭上を飛び越えてかわし、激烈な斬撃を送り込むと、刀身と刀身が噛み合い、火花が散る。その瞬間2人は飛び下り、小橋をへだてて身構えたまま動かない。ややあって平蔵が威嚇いかくすると、黒頭巾の男は身をひるがえして闇に消えたが、その跡には芳香がしばし漂っていた。
 翌朝その男・金子半四郎は、駒込村の植木屋に借りている離れで、斬れなかった、斬れる筈なのに斬れなかったとつぶやいている。
 彼がここに住んだのは3年前であった。かたきを討つ身なので、離れを貸してほしいと10両を出して頼んだところ、植木屋は心よく承諾してくれた。
 敵討ちも名前も本当であるが、彼は人によって様々な変名を使う。本郷・小石川・下谷の暗黒街の顔役・三の松平十には鳥飼伊織の変名を使い、3年間で5件の殺人依頼を受け、実行した。そして今度は3百両、前金半分で平蔵の殺人依頼を受けたのである。
 その5日後半四郎は平蔵が医師宅にいる間に編笠と袴を近くの神社の境内に隠し、小橋では間合を測って襲ったが、平蔵は後ろを向いて大刀を抜くすきを見せなかた。そして刃を向け合ってからも平蔵に威圧され、半四郎はついに逃げざるを得なかった。
 その翌日から5日後の午後、平蔵は深川の舟宿・鶴やの一室で密偵・粂八と会っていた。粂八は昨夜も鎌倉河岸で屋台を出したが、船頭風の2人がかめあなの人が江戸へ入ったそうだと話をしていたという。大盗賊・くちなわの平十郎の軍師が亀穴の政五郎なので、蛇が近く江戸で大仕事をするという粂八の直感に間違いがないと平蔵は思った。
 粂八はすぐに帰ったが、平蔵は雨がやめば夜の町を巡回しようと思い、酒を頼むと、顔見知りの亭主・利右衛門が持ってきた。この店を紹介した剣友・岸井左馬之助によれば、亭主は60がらみの好々爺、女房のおみちは40前後の気さくな働き者で、店の経営は彼女がしているという。
 しかし夜になっても雨が止まないので、平蔵は鶴やから舟を出してもらい、昌平橋に着くと、菓子屋・近江やへ立ち寄る。妻久栄の大好物・羽衣煎餅を買った平蔵に、近江やの女房が深々と頭を下げた時であった。その髪からあの濃厚な香りが漂ってくる。
 平蔵の顔色が一瞬変わり、彼女に髪油の銘柄を尋ねると、池の端・仲町の浪花やで売り出した白梅香という返事である。平蔵はすぐ駕籠で浪花やへ急ぎ、白梅香を買い求めた。
 翌日、平蔵は外出をやめ、同心達に白梅香の匂いを覚えさせ、役宅の周りで同じ匂いがする男を尾行するよう命じたが、半四郎は現われない。
 しかし外出を止めてから6日目の夜、半四郎は入谷田圃で女道楽の激しいろう問屋の聟を今度は深川の顔役・丸太橋の与平次の依頼で暗殺した。
 そして翌日半四郎は浪花やで白梅香を買い求める。暗殺を始めてから半四郎は自分の体臭に血の匂いがこびりついているような気がしてならない。そんな時白梅香等の香油を指で肩からわき、胸の辺りへ塗ると、匂いが消え、心が和み、気持が落ち着くのであった。
 ところで半四郎が故郷の伊予・大洲を出てから20年も経つ。大洲藩士の父が同藩士の森為之助と酒席で口論し、森に斬殺された。18歳の半四郎は親類2名に付き添われ、すぐ敵討ちに出発したが、敵にはなかなか出合えない。15年も経つと、仕送りもなくなり、敵討ちもできなくなった。
 そんな時大坂の顔役・白子屋菊右衛門に拾われ、お金を得た。また江戸でも白子屋に紹介をされ、お金を得ることができたのである。
 そんな半四郎を後ろから町人姿の同心がつけている。彼は浪花やの店の者に化けて半四郎を待っていたのだ。ところが半四郎はすぐに気付き、尾行は失敗に終わってしまった。
 しかしその翌日、岸井から夕方鶴やで会いたいという連絡があり、平蔵が役宅を出ると、誰かが後をつける気配がする。もし半四郎なら、今度こそ決着をつけようと平蔵は決心する。
 一方半四郎も平蔵をつけ、もうかたきは死んだかも知れない、顔も忘れかけている、探し廻るのはもう止めて京で隠れ住みたい、今度こそ決着をつけようと決心する。
 夕方平蔵は鶴やで久方振りに岸井と会い、すぐ酒宴となった。しかし雨が止まないので、2人共泊ることになり、按摩を呼んでのんびり躰をもみほぐしてもらっていた時である。
 半四郎がぬっと鶴やに入ってきて、一寸と休ませてもらいたい、酒をたのむという。彼は鶴やの前の居酒屋で見張っている間に、鶴やへ客として乗り込み、平蔵の部屋へ斬り込む、相手は酔っているし、部屋で襲われるとは考えていないと思ったのである。
 そして女房のおみちの案内で半四郎が階段を2、3段上った時、その背後から亭主が彼の姓名を呼び、振り向いた彼の躰に躰をぶつけていき、2人は折り重って転げ落ちた。亭主が躰から離れると、白梅香が漂い、半四郎は出刃包丁で刺されて息絶えていた。
 平蔵が亭主に尋ねると、自分は元大洲藩士・森為之助、金子七平を討ち果した、20年間片時も油断はしなかったが、今宵その子息が敵討ちにきたので、返り討ちにした、これも武士のならいとの答であった。
 半刻後平蔵は亭主に対し、男は改め方長官の暗殺を図った名も知れぬ曲者として始末した、男は得体の知れぬ仕事をしていたので、明朝すぐにお内儀と江戸を発ち、まる1年は江戸を留守にされたい、留守中この舟宿は改め方が守ると述べたのである。
 翌日早朝、亭主と一切の事情を知ったおみちは平蔵に感謝しながら、彼女の故郷・近江を目指し、5年間共に苦労して築いたお店を去っていった。
 ところで池波は、映画は小説と表現方法が違うので、小説の趣旨さえ損なわなければ、相違があってもよいと考えていた。従ってこの映画にも種々相違が見られるが、最も重要なものは、小説にはない、おえんという遊女が登場していることである。
 そのおえんに、半四郎は暗殺の前に編笠と袴を預けるだけの客であったが、平蔵との決戦を前に、初めておえんを抱き、俺と世帯を持とう、子供も持とう、刀を捨てて生き直したい、そのため今度3百両持ってくると誓う。
 そして鶴やの2階に1人でいる平蔵を急襲したが、平蔵にあの殺意が消えた、俺を斬れぬといわれ、必死に斬り合う隙に、亭主に刺し殺される。平蔵は駆けつけてくれた部下に、男はやり直す気になっていた、あわれだとしみじみという。
 この小川英の脚本は、我々にも半四郎があわれと思わせるのみならず、平蔵から今すぐ江戸を出るようにといわれた亭主夫妻にも、同様の想いを感じさせ、小説の心情を見事に映像化していると思われる。
 最後にこの第1話から、映画のエンデングに京都でロケをして再現した江戸の四季風景が流されている。
 春は浅草寺をイメージした清涼寺の赤提灯、上野をイメージした仁和寺の五重塔と桜、近江八幡堀の桜と舟遊び、初夏は花菖蒲(後に紫陽花)と園部の摩気橋の霧雨、夏は今宮神社の風鈴売りとところ天を食べる人、線香花火と両国の打上花火、秋は紅葉の宇治の橘橋(後に東福寺・通天橋)、冬は京都松竹のオープン・セットの降る雪と屋台の蕎麦を食べる人である。
 またこの時流れる音楽がヨーロッパで活躍するジプシーキングスの「インスピレーション」であるが、これがまるで浄瑠璃の様に、江戸の四季風景とぴったりと合っているのである。