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新鬼平随想録
第32回 『血頭の丹兵衛』

 中村吉右衛門主演の第4話「血頭ちがしらたん兵衛べえ」(フジテレビ)が、平成元年8月2日に放映された。脚本は野上龍雄、監督は高瀬昌弘、血頭の丹兵衛は日下武史、粂八くめはちは蟹江敬三、みのの喜之助は島田正吾であった。かつて池波は島田のいた新国劇のために脚本を書いていたので、神田からタクシーで荏原の自宅へ急いで帰り、この映画を見た。池波の原作(文春文庫1巻)の概要と映画の感想は次の通りである。
 あの小川や梅吉らの処刑後、老中・松平定信は寛政の改革に平蔵を起用するため、改め方長官の任を解いた。だが血頭の丹兵衛なる盗賊が十余名の手下を従え、江戸や武州の商家へ次々と押し込み、皆殺しにして金品を奪う急ぎばたらきをやり始めた。改め方も町奉行所も対応できず、平蔵は5か月後再び改め方長官の任に就いた。
 清水門の役宅へ入った平蔵はすぐ牢屋にいる小房の粂八に会う。粂八は小川や梅吉と同様野槌の弥平の手下であったが、野槌一味の隠れ家を白状したので、助命し、できれば密偵にしたい男であった。
 念のため血頭の丹兵衛について尋ねると、御牢番に聞いたが、血頭はあんなむごたらしいまねをしない人だ、昔、押し込み先で女に手を出し、破門された位だ、犯行は偽物の仕業だといって、苦味の効いた顔を曇らせた。
 それから3日目、またも血頭一味が麹町の紙問屋・万屋よろずやへ押し込み、急ぎ盗をし、120余両強奪した。平蔵が駆け付けると、万屋の次女が重傷を負いながら一人生き残り、首領とおぼしき男が手下に、今度は島田宿に集まれといっていた、父母の仇を討ってほしいと訴える。すぐに平蔵は町奉行所と協力して、道という道に網を張ったが、残念ながら遅かった。
 その夜平蔵は一人牢屋の粂八を訪ね、万屋の事件を伝えると、恩義ある血頭の名を語る野郎を放っておけない、島田へいって見付け、必ず改め方に戻るというので、粂八に道中手形を持たせ、すぐ島田へ行かせた。また与力・同心等10名も島田へ派遣する。  ところで粂八はある時牢屋で平蔵に洩したが、雪国の小さな家で両親を知らず、老婆と暮していた。5、6歳の時街道で老婆が行き倒れた後、いろんな人に売り飛ばされ、見世物一座の綱渡りまでしたが、結局悪の道へ入り込んだ。そんな粂八が平蔵の御役のために一肌脱ごうと思ったのは、平蔵夫婦が殺された盗賊夫婦の遺児・お順を事もなげに養女にし、可愛がっていたことに感動したからである。
 さて粂八は島田のはた・鈴やで草鞋わらじを脱ぐ。丁度その頃、江戸では血頭が芝口の書籍商・丸屋へ入り、40余両を盗んだ。しかし丸屋の者は誰一人気が付かず、金箱のあった所に置かれた血頭丹兵衛の木札を見て、気が付く始末であった。
 平蔵はすぐ酒井同心を島田へ急行させ、この事件を粂八に知らせた。粂八は、余り偽物がひどいので、血頭の親分が人を殺さない等の掟を守る本当のつとめを世に見せられたのだと喜ぶ。さらに3日後、山田同心が鈴やにいる酒井同心に、盗金が全額丸屋の主人の枕元に返されたと知らせてきたので、粂八はさすが本物の親分だと喜んだ。
 しかし偽物はなかなか見付からず、改め方の役人が明日は島田を引き上げると決めた。その夜、粂八は最後の宿場まわりを始め、女に誘われるままくりぬき屋という茶店に入った。くりぬき屋の前の茶店の2階からその様子を見ていた血頭の丹兵衛は、すぐ粂八のいる部屋を訪ねる。
 血頭の丹兵衛を見た粂八は、落胆し、青ざめる。本物の親分が急ぎ盗をしたからである。そして俺は昔の丹兵衛ではない、急ぎ盗で血を流さなければ生きていけない、世の中が変わったのだと話す血頭の顔も、仏といわれた昔と変わったと粂八は思った。
 最後に血頭が一味に入れと勧めるので、粂八は大きく息を吸って承諾し、明晩9時に煙草屋・三倉やへ行くと約束をする。血頭は見張りに見せる煙草入れを呉れて、帰っていった。
 翌日夜も激しい雨であったが、天野与力が指揮する改め方は三倉やを三方から遠巻きにした。9時前、粂八は三倉やへ向い、橋のたもとの見張りに煙草入れを見せ、教えて呉れた合図で三倉やの内に入ると、中庭の物置小屋の地下室へ案内された。そこで粂八は一味全員と固めの盃を交わし、7日後に近江・土山の盗人宿へ来る様に指示され、2時間後無事外へ出た。
 粂八が天野与力に報告した後、見張りを締め落すと、改め方は表戸と裏手から打ち込み、川越人足50名が一斉に高張提灯を掲げた。その結果7名を斬り倒し、6名を逮捕した。
 逮捕された血頭が粂八を見て、いぬめとののしり、粂八は偽物の血頭め、俺の胸の内の丹兵衛どんは、お前の様な薄汚ない野郎じゃないとやり返したが、引かれていく血頭の後姿を見送りながら、がっくりとうなだれた。
 数日後粂八は酒井同心と本隊に先発して江戸へ向ったが、薩埵さつた峠を越えた辺りの茶店で旅の老人を見付け、同心には先に行ってもらい、挨拶をした。この老人は蓑火の喜之助といって昔の血頭と並ぶ大盗賊であった。
 その蓑火がいうには、江戸で丹兵衛どんが非道な急ぎ盗をしたが、偽物の仕業だ、そこで一肌脱いだ、芝口の丸屋に入り、誰にも知られず盗み、木札を残し、本物のやり口はこうだと世に知らせ、お金を返したということであった。そしてこれから京へ行く、昔の女の墓参りさといって、淡々として蓑火は峠を昇っていった。70位であろうが、実に達者な脚力であった。
 ところで映画では、平蔵が人の寝静まった頃徳利を下げて牢内の粂八を訪ね、茶碗酒を飲み交わしながら、彼の生い立ちを優しく聞く。そして帰る時にふと立ち止まり、「俺も母の顔を知らず、祖母のぬくもりも知らぬ」といい、一寸間を置いて「よく寝ろよ」といって歩き出す。小説にないが、この言葉を聞いて、粂八は平蔵のために一肌脱ごうと決心したと思われる。
 また映画では、小説と違い、箱根の峠の茶店で、平蔵と粂八が身延参りの帰りの蓑火の喜之助と会う。そして蓑火は丹兵衛どんのために本物のやり口を世に知らせたと長々と語り、小説にないが、「忘れるなよ。犯さず、殺さず、貧しき者からは奪わずだ」と粂八に注意をして去る。
 島田正吾はこの時84歳であったが、かつら、旅羽織を持ち込む等役づくりを徹底して行ったといわれる。今日でも彼の演ずる蓑火は実に素晴しいし、何か池波に対する友情のようなものも感じさせてくれる。
 最後に映画では、平蔵が箱根の峠の茶店で、粂八に「俺と仕事をする気持になれば、江戸へ訪ねてこい」といって別れる。すると粂八が「長谷川様お待ち下さい。お伴します」といいながら、富士山を背に駆けて来る。小説では、粂八が薩埵峠で、酒井同心に密偵になる返事をさけるので、映画の方が粂八の気持がよく分かる。
 蟹江敬三は初めてこの映画に出演したが、正義感があると同時に悪の匂いがする粂八の役をリアルに演じたと思う。また箱根の峠の茶店の場面では、蓑火や平蔵に敗けない粂八の存在感も示したのではないかと思う。平成26年に惜しくも亡くなったが、密偵おまさの95回、猫八の彦十の79回に次ぐ48回の出演はどれだけファンを楽しませたか量りしれない。