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随想 鬼平犯科帳
第22回 『秘 密』

 昭和61年の『秘密』(文春文庫)は、平成元年の鬼平犯科帳『ふたり五郎蔵』(第4回参照)の姉妹編といえる作品である。

 京の町医者の息子・片桐宗春は剣を学び、篠山藩士の養子となったが、7年前家老の長男を正式の果し合いながら斬ったため、追われて転々とし、2年前から父の弟子・滑川勝庵を頼り、千住に隠れている。
 だが医術の心得もあるので、勝庵は宗春に袋物屋吉野屋の代診をさせると、吉野屋は大変気に入ったのだが、宗春は誰かに間違われて襲われたため旅に出てしまう。3年後に戻り、また吉野屋の治療に当たるが、吉野屋の後妻となった藩時代の恋人が密かに訪ねてきた。その余りの変わり様に驚いた宗春はすぐ隠れ家を変え、往診もやめる。
 数日後新たな隠れ家の百姓家に、3年前仲良くしていた、今は料亭大むらで働くおたみが偶然野菜を仕入れに訪れ、二人は固く結ばれる。明るくなった宗春は、大むらの娘が病気と聞いて、進んで治療をし、また吉野屋の診察も後妻のことを気にせず再開した。
 そんなある日吉野屋が宗春の使う亡き父の煙管を見て深川の彦造の作だというので、彼に会ってみると、父は江戸で最愛の妻を失い、やむなく二歳の男の子を千住の医師へ養子に出し、京へ帰っていた。父が次男だった自分を養子に出したことがわかった宗春は、その日から髪を総髪から茶せんに変え、脇差を差し、逃げ回る生活をやめたのである。
 そして医療に専心し、娘の病気が直った頃、後を継げという医師がいる越中・井波で、医師としておたみと生きる決意をする。吉野屋も安らかな往生を遂げ、旅立つ前に医師の兄に一目会いに行くと、家老の次男達が間違えて襲っており、助けられなかった。彼らはもう襲わないだろうが、宗春は急ぎおたみと井波へ旅立つのであった。

 ところでこの越中・井波から天保年間宮大工だった池波の先祖が江戸に出た。昭和56年、私の故郷でもあるこの古い町を訪ねた池波は大変気に入り、ここを終焉の地にしたいという随筆を書いた(『新私の歳月』講談社文庫)。そして61年、その井波が登場する小説、『秘密』を書く。ここで井波は「南北朝時代勅許を得て創設された瑞泉寺がある」、「法灯を守るため戦国大名に抵抗した」、「彫刻が盛ん」、「人の情がこまやかで、よいところ」等と書かれているが、これらは随筆の文と同じである。なお井波をよいところといった人は、池波と同じ浅草に生まれ、井波に嫁いできた人で、私達の媒酌人である。
 『秘密』を書き終えた池波は翌62年井波を訪ねたが、その時の随筆に田舎で暮らす自信がないようなことを書いているので(『ル・パスタン』文春文庫)、自分の分身を大好きな井波に住まわせたのがこの小説ではなかったかと私は考えている。また平成元年、井波生まれの髪結いを主役にしたもう一つの小説『ふたり五郎蔵』を発表する。これが鬼平の最終回となった。さらに58年から平成2年まで連載した『銀座日記』(新潮文庫)でも、井波の岩倉さんからわさび、大和さんから里芋をもらい、美味しく頂いた等井波のエピソードを6回も書いている。