第4回『ふたり五郎蔵』

 鬼平犯科帳にはあの海老坂の与兵衛、岩五郎など、私の郷里・越中生まれが多く登場する。最終作132話『ふたり五郎蔵』(平成元年。文春文庫24巻)の髪結の五郎蔵もその一人である。

 凶盗・暮坪の新五郎は、一味である髪結の情報から五郎蔵が改方出入りになると知り、初日に彼の女房を誘拐する。御用聞きに届けた五郎蔵は、次の日鬼平の髪結をするが、その不安感をさとられてしまう。

 鬼平が翌日密偵達に調べさせると、案の定女房が誘拐されていた。一方暮坪は、その夜五郎蔵を呼び出し、改方の動きを知らせ、裏門を開けるよう脅迫して承知させる。

 これに対し鬼平は、次の日から五郎蔵の髪結先を調べさせると、処刑された強矢すねやの伊佐蔵の子分のいる盗人宿があり、神田の菓子舗・桔梗屋には引込女がいることもわかり、強矢の弟・暮坪が鬼平に何か復讐をたくらんでいると気づく。このため引込女一本に絞って監視をし、五郎蔵に気づかれぬように諸準備を進めていると、同じ名前の密偵・五郎蔵が引込女の合図を見破り、犯行は今宵と知れる。

 それとは知らぬ暮坪が桔梗屋を襲うと、鬼平と近くの旗本屋敷にいた捕手が現れ、一網打尽。同時刻に、五郎蔵が忘れ物といって開けた裏門より浪人達が侵入すると、与力達が待ち構えていた。暮坪のねらいは改方に放火し、鬼平を辞任させることであった。

 しかし、女房は残党により江戸から連れ去られ、これをはかなんだ五郎蔵は入水自殺を図る。盗賊を一網打尽にするため、盗人宿にいた女房の救出を後回しにし、五郎蔵を利用した思いのある鬼平は、助けられた五郎蔵を無罪のうえ改方御用達にし、平太郎という名前まで与えるのであった。

 なお、五郎蔵は私の生まれた越中井波の出身である。この町は1390年創建の浄土真宗の大きな寺のある町で、池波の先祖はそこで宮大工をしていたが、天保年間に江戸へ出たという。昭和56年に初めて訪れた池波は、この古い町がすっかり気に入り、ここを終焉の地にしてもいいと思ったほどであった(『新私の歳月』講談社文庫)。

 また、五郎蔵の女房のおみよは池波と同じ浅草聖天町の生まれであるうえに、母の実家の家業と同じかざり職人の娘となっている。

 作者の愛情が込められた夫婦であるだけに、もし作者が元気で小説がさらに続けば、髪結の五郎蔵(平太郎)は改方の一員として密偵・五郎蔵と同じように活躍し、おみよは女賊となって再登場してきたかもしれない。