第28回『池波小説の映画化』

 ところで池波が生まれた大正末期から太平洋戦争開始までの20年、東京の下町の人にとり、映画は生活に欠かせないのものであった。2人の子供のため働いていた母も、月2本の映画と一度の芝居を必ず見ていたという。

 池波も幼少の頃から沢山の映画(芝居を含めて)を見たが、それがなければ小説や脚本を書いている今の自分はなかったという。小学校を出てすぐに働いた池波に、原作の古今東西の文学を教えてくれたのも映画、いろんな人と接する人生の基本を教えてくれたのも映画だったのである。(『私の仕事』朝日文芸文庫)

 しかし昭和35年頃より池波は、逆に自分の書いた小説から映画や芝居を作り出すが、これを教えたのも池波のいう「映画」であったと思う。
 
 昭和35年、池波はこの年発表の小説『錯乱さくらん』で念願の直木賞を受賞し、これを原作とした映画『錯乱』(NETテレビ)が柳永二郎主演で放送された。

 一方同じ長谷川伸門下の脚本家・井手雅人に頼まれ、池波が生涯一度の映画脚本を書いた『敵は本能寺にあり』(松竹)が同年上映され、4年後には小説『栄光の一代―明智家』も雑誌に発表された。

 なおこの映画で出会った八世松本幸四郎が長谷川平蔵のイメージ通りの人であり、池波は彼をモデルに小説『鬼平犯科帳』を書いたといわれる。
 
 続いて昭和36年、片岡千恵蔵が土方歳三を演じた映画『維新の篝火(かがりび)』(東映)が上映された。これはこの年池波が発表した小説『色』を原作とした映画である。

 さらに昭和37年、映画『目』(NHK総合)が早川保主演で放送された。これは昭和32年に直木賞候補となった、全盲の人を描く池波の小説を原作としたもので、同年カンヌのテレビ・フィルム・コンテストの参加作品となる。
 
 そして昭和44年、初めて映画『鬼平犯科帳』(NETテレビ)の放送が始まる。第1話は「血頭(ちがしら)丹兵衛」で、脚本は柴栄三郎が書き、平蔵は松本幸四郎、久栄は淡島千景が演じた。

 原作の小説は昭和42年から既に雑誌に連載されていたが、しばらくして池波は長谷川伸の同門で東宝ドラマ部長の市川久夫を訪ね、小説を幸四郎主演でテレビ映画化することを依頼し、これを引受けた市川に一切を任せたのであった。幸四郎主演の『鬼平犯科帳』は大好評で、昭和47年まで91話が放送された。(『鬼平犯科帳を極めるザ・ファイナル』扶桑社)

 また昭和45年、初めて芝居の『鬼平犯科帳』(帝劇)が上演され、松本幸四郎等が出演した。

 さらに昭和46年、松本幸四郎の求めに応じ池波が脚本を書いた『鬼平犯科帳―狐火』(明治座)が上演され、幸四郎親子3人が競演する。

 そして昭和50年、丹波哲郎主演の『鬼平犯科帳』(NETテレビ)の放送が始まる。小畠絹子が久栄を演じ、放送は26話で、同年終了した。

 また昭和53年、芝居『鬼平犯科帳―狐火』が上演され、高橋英樹、辰巳柳太郎が競演する。

 そして昭和55年、萬屋錦之介主演の『鬼平犯科帳』(テレビ朝日)の放送が始まる。三ツ矢歌子が久栄を演じ、昭和57年まで79話が放送された。  続いて平成元年、中村吉右衛門主演の『鬼平犯科帳』(フジテレビ)の放送が始まる。第1話は「暗剣白梅香」で、企画は市川久夫、鈴木哲夫(フジ)、プロデューサは能村庸一(フジ)、桜林甫、佐生哲雄(松竹)、脚本は小川英、監督は小野田嘉幹、久栄は多岐川裕美。平成28年まで150話が放送され、大好評のうち終了した。

 また平成2年2月、芝居『鬼平犯科帳―狐火』(歌舞伎座)が上演され、中村吉右衛門等が出演した。

 そして平成2年の5月3日、池波は急逝する。それまでの間、『剣客商売』等の小説からも数多くの映画や芝居を作ってきた。これらを割愛するが、池波は平成元年と2年の『鬼平犯科帳』の放送と上演について、貴重な日記を『銀座日記』(新潮文庫)の中に残しているので、これを紹介する。
 
 

  • 4度目の鬼平犯科帳テレビ化で第1回を観る。今回は中村吉右衛門の平蔵で、これを実現させるのに5年ほどかかった。プロデューサの市川久夫さんもよくねばってくれた。吉右衛門の鬼平は、(中略)実に立派な鬼平で、5年間待った甲斐があったというものだ。(平成元年7月12日)
  •  

  • 今日はテレビの2回目。この脚本(注・本所桜屋敷)は、ほかならぬ井手君(注・前々日死去)が書いたものだ。観ているうちに泪が出て、映像が見えなくなってしまった。(同7月19日)
  •  

  • 今夜はテレビの鬼平の血頭丹兵衛で、だいぶんに観られるようになってきた。吉右衛門の鬼平には文句なし。(同8月2日)
  •  

  • 今夜は明神の次郎吉をやる。ガッツ石松が意外な好演。吉右衛門は、いよいよ平蔵らしくなってきた。(同8月30日)
  •  

  • 今日は北林谷栄が出て、茶店の老婆お熊を演じた。吉右衛門も酒脱に演じてとてもよかった。お熊とのイキもピタリと合って、小品ながらすぐれた一篇となっていた。(同10月18日)
  •  

  • やめようと思ったが、おもいきって地下鉄で歌舞伎座の鬼平犯科帳を観に行く。いまの幸四郎、吉右衛門は昭和46年に盗賊の狐火兄弟を演じた。吉右衛門の平蔵は、今度の舞台でもよい。(平成2年2月)
  •  

  • 今夜は鬼平犯科帳の最終回(注・第1シリーズの)。大川の隠居と流星を一つにしたものだが、脚本(注・野上龍雄)よろしく少しもダレなかった。(同2年2月21日)

 この時池波は急性白血病に冒されていたが、これを読むといつも小説、映画そして芝居に対する池波の不滅の情熱を感じてならない。