電気主任技術者の役割 ~特別インタビュー~

● 関根 泰次 氏(東京大学名誉教授)

電力技術分野の第一人者として、長年にわたって電気主任技術者やエネルギー管理士の国家試験委員長をつとめてこられた、関根泰次氏(東京大学名誉教授)に「電気主任技術者」についてインタビューを行いました!

関根泰次氏

関根泰次氏プロフィール
1959年東京大学博士課程を修了。同大学教授を経て92年同大学名誉教授。
・東京大学名誉教授  ・東京理科大学教授
・スウェーデン王立工学アカデミー会員
・総合資源エネルギー調査会 電気事業分科会委員
・(公財)電気科学技術奨励会会長
・日本電気協会監事  ・電気工業会監事を歴任。

■ 電気の安全確保の基礎になる電気主任技術者資格 ■
先生は電力技術分野の第一人者として、長年にわたって電気主任技術者やエネルギー管理士の国家試験委員長をつとめてこられたわけですが、技術系の資格の中で、電気主任技術者の役割というはどのような点にあると感じられていますか?
「電気主任技術者というのは、電気の保安、つまり電気の安全を考えることが第一の役目だと感じていますね。この点が本当に重要はことだと思っています。
“電気”というものが使われ始めたのは前世期末から今世紀初めにかけてのことで、その当時の人々が一番気にかけていたのは“感電”ということでした。そのために、電気の保安が注目されることになったのです。
当時は、一般的に“電気なんてとんでもない話”というような時代で、感電によって死者などが出た場合、“電気そのものがいけない”といった認識をもたれていました。この点現在の原子力の受難期とダブってみえます。
ですから、電力技術分野で私の大先輩に当たる方々も、電気の保安、安全といった点には非常に気を使っていたわけです。
電気主任技術者という資格は、電気の安全を確保するため、技術的にしっかりとした管理のできる人が必要、ということで生まれた制度で、この資格は電気の安全というものの基礎になっているといえるでしょうね。」

当初、感電(Electric Shock)というのはそれほど大きな問題だったのですか?

「“感電”というと、現代の私たちはすぐに人間を思い浮かべますが、 当時の日本では、人間だけでなく牛や馬の感電が問題になりました。今では東京の街を馬が歩くといった光景は見られませんが、昔は、馬車などはもっとも普通の公共輸送機関であり、その主役である馬が、鉄道の踏切でよく感電したのです。踏切内には弱い電流が流れているところがあり、馬の蹄鉄がそれに触れると感電し、動物の中でも特に敏感な馬がひっくり返って死んでしまうということがしばしばあって、問題になっていました。
また、電気を原因とする火災も起きるようになってきました。 今でも原因不明の火災があると、“あれは漏電ではないか”などとよくいわれますね。
このような電気によるさまざまな事故に対し、いろいろな保安対策を講じてきた結果、現在は感電、漏電などによる事故は激減し、日本の場合、ヨーロッパやアメリカの数分の一になったのです。その面で電気主任技術者が果たしてきた役割は非常に大きく、今後においてもこれは大切なことだと思います。
ただ、最近少し今までとは変わった責務が現れてきているよにも感じています。従来は、電気主任技術者の役割は電気の安全を守るのが第一で、それにかかる費用というものは二の次でした。しかし、自由化の波がこの分野に押し寄せてきて、できるだけ安いコストで電気の安全を維持するにはどうすればよいか、といったことが大きなテーマになってきています。
電気主任技術者が、これらから実際に社会で直面する問題については、 従来とは違った見方が必要になってくるかもしれませんね。」

■ 自由化が進む中で変化した電気主任技術者の役割 ■
具体的な動きがでているのでしょうか?

「安いコストでいかにして安全を確保するか、といった点が大切になってきています。
たとえば、これまでは毎年検査を受けなければならなかった電気設備についても、機器の種類によっては二年に一度でいいもの、三年に一度でいいものというように変わってきています。そうなると、その分だけ保守の費用を節減できるわけです。
それを別の方向から見ると、それらの仕事をしてきた人が不要になるということで、職場が狭くなっています。
今後はそのあたりの経済性と安全性のかね合いが 大きな問題となってくるでしょうね。
とりわけ IPP(Independent Power Producer=独立電気事業体)という新しい事業団体が参入してくると、大きく変わってきます。
従来は発電から、送電、配電まで、技術的に一貫した体系の上で、一つの対策を行うにしてもどこがやるのかが非常にはっきりしていました。しかし、これからは発電部門にも電力会社以外の業者が入ってくるようになるし、電気工事についても従来のように実績のある 指定業者だけが行うのはなく、さまざまな会社が参入してきます。自由化の影響がいろいろなところに出てくるだろうと思いますし、今後それが電気主任技術者の 果たすべき役割の面にも影響を与えるようになってくるでしょうね。」

それは、たとえばどのようなことなのでしょうか?

「おそらく、電気主任技術者の責任ということが今まで以上に厳しくなってきますね。故障や事故などが起きた場合、それは機械を設置した人の責任なのか、主任技術者の責任なのか、といったことが厳密に論議されるようなると思います。
電気主任技術者がきちんとした忠告を出したかどうかという点も問われるようになります。技術者も、技術者としての本来の社会に対する責任は何かということをしっかりと考えていかなければならない。この点、アメリカをはじめとする諸国のPE(Professional Engineer)のあり方など大きな参考になるでしょう。日本のPE制度は率直にいって、これまで社会的に十分機能してきたとはいえませんが、これからはおそらくアメリカのPEの果たしている役割を電気主任技術者が果たしていくことが必要になるでしょうね。とにかく電気主任技術者を取り巻く社会的環境は、責任を軸に大きく変わってくるだろうと思います。
その一方で、さきに申し上げたように、経済性に関しても神経を使う必要があります。たとえば同じ安全を守るにしても、機器類にはいろいろな種類があって、その中でどういうものをお客様に勧めるか、ということになります。これまでは法律で決められた安全性の基準を満たしていれば、お客さんが何といおうが“それは知らん”で済んでいました。 しかし、これからは商売という面でそれだけでは済みません。いわば“自己責任”ということで、電気主任技術者が お客様にアドバイスするにしても、経済性を考えていかなければならないでしょうね。実際にメンテナンスのやり方についても一昨年以来、監督官庁の規則もずいぶん和らいで、自己責任という方向に向かっています。

■ 情報技術が求められてくる電気主任技術者の将来 ■
このところ第二種電気主任技術者を受験する人が急増していますが。

「はっきりしたことはわかりませんが、電力会社がお客様重視という姿勢をはっきりと示してきた結果かもしれません。
自由化されて以来、電力会社ではお客様向けにずいぶん人材を回し、サービス面を強化してきていますから。
さらに一般の人たちでいえば、若者たちの資格志向ということ。若い人たちの中では、一ヶ所で働き続けるという従来の人生計画のパターンが崩れ、いろいろな種類の資格を取得し、それによって生計を立てよう考えている人が増加している傾向があります。職業を次々変えるとう流動性の中で資格をとりたいと考える人がおり、その波が第二種電気主任技術者の受験者増加にもつながっているのではないでしょうか。」

電気主任技術者の将来、ということでこれから求められるものは?

「今、私が強く感じていることは、情報技術を身につけることが今後電力エンジニアにとって非常に大切になるだろう、ということです。
従来、電気に関しては、電力会社とメーカー、需要家の関係持ち分は非常にはっきり分かれており、それぞれの境界線が明らかでした。しかし、最近、この境界線は世界的にもぼんやりとしてきています。たとえば発送電設備の保守は、従来電力会社の役目でした。しかし今では保守の仕事も外部に委託し、費用を払ってやらせるようになってきている。
メーカーにしても、従来は変圧器とか発電機とか機械だけを作って売っていましたが、最近はハードを納めると同時にそれを点検し保守するというサービスまで込みにして商売するようになっています。
これは実質的には、従来も行われてきたことですが、その実態が顕在化しつつあるということでしょう。
そうなると、扱う範囲も非常に広くなり、サービス提供の段階ではインターネットなどの情報技術が大きな役割を果たすようになってくるわけです。
そんなことで、近い将来、電気主任技術者に対してもそういった知識なり経験なりが求められるようになることは間違いありません。それがいつのことなのか、求められる情報技術とはどんなものなのか、今の段階ではわかりませんが、それに対する備えだけはしておくべきでしょう。」

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2021年12月8日