第20回『乳房』

 昭和59年の『乳房』(文春文庫)は、正真正銘の『鬼平犯科帳』の番外編である。

 浅草の足袋問屋の女中・お松は、自分を「不作の生大根」と罵って捨てた煙管師・勘蔵が家で泥酔し、寝ているところを締め殺した。その後雷雨の中を彷徨し、気を失ったが、翌日下谷の小間物屋・長次郎に救われる。

 同じ日四百石の旗本・長谷川平蔵は、若い時に世話になった駒方の目明し・三次郎を訪ね、勘蔵に捨てられたお松が行方不明という話を聞いた。そして亡父の収集した煙管の中から勘蔵の作を見つけ、この勘蔵の息子がお松の勘蔵と見抜き、またお松の失踪と勘蔵殺害の日が同じなので、お松を疑う。しかし平蔵はまもなく御徒頭に栄転し、三次郎も他の事件で忙しくなったので、二人ともお松のことを忘れ、そのお松も、裏で女の世話をする稼業の長次郎に紹介された倉ヶ野の旦那に気に入られ、上方へ行ってしまった。

 5年後の天明7年。平蔵は火付け盗賊改め方長官になり、お松は倉ヶ野の旦那と別れ、番頭・芳之助に伴われて長次郎の許へ戻ってきた。優しい長次郎はお松に小間物屋を任せるが、ある日店先で倒れた薬舗・松浦屋庄三郎をお松は親切に介抱し、「後添えに迎えたい」といわれるようになる。他方芳之助は浅草で居酒屋を営む昔馴染みの岩五郎を倉ヶ野に引き合わせる。本格の盗賊である倉ヶ野が芝口の菓子舗への盗みで錠前はずしを頼むと、実は密偵である岩五郎は快く引き受け、連絡を受けた鬼平は菓子舗の見張りを始めた。

 その頃医師・中村が幼馴染の鬼平を訪ね、先代勘蔵作の煙管を使い、驚く鬼平に「近所の小間物屋の薬を取りにくるお松も驚いた」という。この時鬼平はお松が真犯人と確信するが、そのお松を養女にしたいと中村が考えているので、後日小間物屋のお松を見にいくと、実にいい女性であった。しかし、その時のお松は、長次郎が急死し、進路に迷っていたのだが、松浦屋の誠実な求婚に遂に決断し、3月15日に嫁ぐことになる。

 一方鬼平は、岩五郎が犯行日に10を加えた数の饅頭を女房に買わせ、その日を知らせる方法を考えたところ、その日は同じ3月15日と連絡があった。そして3月15日の夜更け。松前屋の祝言披露が終わった頃、岩五郎を含む15人が正に菓子舗に入ろうとした時、鬼平が現れていった。「倉ヶ野の徳兵衛、長谷川平蔵である。神妙にいたせ」

 5年後の寛政5年。鬼平が雑司が谷の鬼子母神の茶店に寄ると、今や貫禄十分の大店の内儀となったお松が男の子を連れていた。鬼平が去った後、勘蔵と同棲し、恐喝で島流しになっていた女が無銭飲食をしており、その顔を知らないお松が代金を払ってやると、「勘蔵はどの女にも不作の生大根といったが、お松という女が忘れられなかった」という。お松は晴れ晴れとして店を出るのであった。

 ところで鬼平はこの後、妻・久栄に「女は強い。男にないものを持っている」といって、手で乳房の形を作る。これは「女には子を産むことによって永遠の生命を生き続ける特権がある。」(『剣客商売読本』新潮文庫)という池波の女性観を示したものである。こんな考えで池波は昭和53年から10年間、たくましく生きる女性を主人公にした『旅路』(文春文庫)、『夜明けの星』(同)、『雲流れゆく』(同)、『乳房』(同)、『まんぞく、まんぞく』(新潮文庫)及び『ないしょ、ないしょ』(同)の六作を書いたので、読者には是非読んで欲しい。

 なお『乳房』は昭和44年の『三河屋お長』(『おせん』)のリメイクであり、また密偵・岩五郎は鬼平犯科帳『唖の十蔵』(1巻)、『浅草・御厩河岸』(1巻)に登場する。