第2回『老盗の夢』

 鬼平犯科帳の第一作『浅草・御厩河岸おうまやがし』(昭和42年。文春文庫1巻)を読むと、真の盗賊のモラルは次の三ヵ条だと書いてある。

 一.盗まれて難儀するものへは、手を出さぬこと。
 一.つとめするとき、人を殺傷せぬこと。
 一.女を手ごめにせぬこと。

 これは仏教の十善戒のうち、不殺生、不偸盗ふちゅうとう、不邪淫を踏まえた掟で、これを守る盗賊は「本格」、守らない盗賊は「畜生ばたらき」とされる。

 第一作は、その本格の大盗賊・海老坂の与兵衛と密偵の話である。海老坂は浅草の御厩河岸で居酒屋「豆岩」を営む岩五郎に助っ人を頼む。岩五郎が錠前外しのうまい、同じ越中生まれだったからだ。

 一方、岩五郎は、佐島与力に逮捕されてから密偵となっており、これを引き受けるが、同じ越中生まれで本格の盗賊として万全の準備をする海老坂に心酔する。しかし、中風の父、盲目の義母、妻子三人との生活を守るため佐島に密告する合図を送るが、その直後、海老坂からおつとめの長期延期を告げられる。帰ると佐島が待っており、やむなく密告をした岩五郎はその後自らを深く恥じる。

 海老坂一味が逮捕された日の夜、岩五郎一家は夜逃げをした。この場合捕まれば死罪であるが、鬼平は追わなかった。

 次に、畜生ばたらきの盗賊と密偵が対決する話はたくさんあり、『血頭ちがしらの丹兵衛』(1巻)もその一つである。

 血頭は昔は本格の大盗賊であったが、当節そんなことでは生きていけないと、畜生ばたらきをするようになっていた。

 一方、粂八は凶盗・野槌の弥平一味であったが、あの岩五郎の密告がきっかけで捕まり、野槌の居場所を白状させられた後牢内で血頭の畜生ばたらきを聞く。昔本格の血頭に仕え、女犯で破門された粂八は信じられず、にせ者の血頭を捕まえたいと密偵になる。

 しばらくして本物の血頭に会った粂八は、一切を知り、大きな落胆と怒りを覚えながら、血頭逮捕に体を張るのであった。

 最後に盗賊どうしも対決するが、『老盗の夢』(1巻)は本格と畜生の対決である。

 本格の大盗賊・簔火みのひの喜之助は最後のおつとめのため三人を雇うが、これが凶盗・野槌一味の残党とは知らなかった。

 一方、三人はおつとめの前日、これを横取りするため簔火を縛り上げ、殺害を仲間に頼んで野槌一味を売った密偵・粂八を殺しにゆく。

 このままでは明日は自分の始めたおつとめで血が流れるし、血頭のことで密偵となった粂八の気持ちも今やよくわかるので、簔火は縛抜けをして三人に追いつき、これを殺し、自分も死ぬ。

 後日粂八は、簔火と野槌の残党が近くで殺し合いをしたことを知り、自分が助けられたことに気づいたに違いない。