第37回『敵』

 中村吉右衛門主演の第21話「かたき」(フジテレビ)が平成2年1月17日放映され、大滝の五郎蔵は綿引勝彦が演じた。「銀座日記」(新潮文庫)によると、池波は平成2年の元日の夜、亡師・長谷川伸の敵討(かたきうち)の物語をテレビ映画にした「荒木又右衛門」を観て、仲代達矢等の出演者も気が入り、中村吉右衛門の語りも壮重で、素晴しい出来栄だと褒めている。池波も亡師に学び、敵討物が得意で第30回の「暗剣白梅香」もそうであるが、今回の「敵」も敵討をする盗賊の物語である。小説(文春文庫4巻)の概要と映画の感想は次の通り。

 ある夏の日、平蔵の剣友・岸井左馬之助は三国峠へ着き、木立の中で昼の弁当を使うことにした。この春、亡父の友人の越後・塩沢の町年寄・富田梅右衛門から招きを受けて約1ヵ月間塩沢で遊び、江戸へ帰る途中である。

 その時刃と刃が撃ち合う音がしたので、その方向へ忍び寄っていくと、木立の奥の草原で脇差を向け合った2人の町人風の男がいる。1人は小柄だが精悍な若者で、もう1人は白髪混じりの6尺余の大男である。

 その大男が、与吉、お前の親父を殺したのは俺ではないと何度も叫ぶ。だが若者は言い訳するなと怒鳴り返す。説得を諦めた大男は、そうか、それならいい、俺達の盗人宿ぬすっとやども改め方の狗のお前に知られたのでは、もう仕方がないといって、突進し、激しい闘いの末若者を倒した。そしてなんてこった、とつぶやきながら若者を埋葬し、草原の向こうの木立へ消えると、岸井がその跡をつけ始める。

 実はこの大男は大滝の五郎蔵という盗賊である。若い頃本格の盗賊・蓑火(みのひ)の喜之助の配下となり、貧しきは奪わず、殺さず、犯さずを守るお盗めをみっちり修業した後、五井の亀吉と共同で頭(かしら)を務める形で独立を許された。
 
 そして10年前、2人は7名の配下を従え、駿府城下の笠問屋・川端屋に押し込み、320両を盗んだ。これを配分し一味は1年後を約して散ったが、それ以来亀吉は行方不明となった。7人は並び頭が足を洗ったに違いないといったが、五郎蔵は自分に黙って足を洗うはずがないと思っていた。

 その後色々あったが、昨年の春、五郎蔵は上州・沼田城下の材木商・須田方へ押し込み、200余両を奪い、それを次の支度金として三国峠の谷底の盗人宿・坊主の湯へ隠した。その上で五郎蔵は来年秋に日本橋の呉服屋・茶屋方へ押し込む計画を練り、各地の手下に江戸へ集まる様指示を出した。また富治、千次郎等4人の手下を連れて支度金を取りにきて、昨日手下に各々40両を持たせ、江戸へ出発させた。

 今日は五郎蔵がお金を持って出発したが、亀吉の伜・与吉が待ち伏せ、親父の敵討だ、10年前親父を殺し、金を奪ったな、谷底の盗人宿も知っているぜ、江戸の盗めつとめのことも聞いた、俺は盗賊改め方のいぬをしているのだといって、斬りつけてきたのであった。

 坊主の湯へ戻った五郎蔵は番人の嘉六に相談をすると、老人は10年前7人がいったことは本当だろうかという。そういえば、錠前師の小妻(こづま)の伝八は駿府すんぶの際も犯さずという掟を破りそうになり、亀吉が蹴り倒したが、その時亀吉をにらむ伝八の眼には、殺意がみなぎっていたのを五郎蔵は想い出した。また老人は与吉が狗なら仕方がない、気に病むことはないと五郎蔵を慰めてくれた。

 一方岸井は五郎蔵を尾行して坊主の湯の会話を盗聴し、さらに本所の如意輪寺にょいりんじ門前の花屋が盗人宿であることを発見し、九段下の役宅へ直行し、平蔵に三国峠のことも含め報告した。

 これを受けて平蔵は、岸井に与吉のいった密偵はハッタリだと述べた後、密偵・粂八を呼び、五郎蔵の人となりを尋ね、花屋を見張る様指示し、さらに酒井同心を呼び、茶屋方へ入る引き込みを見張る様指示した。

 他方江戸へ戻った五郎蔵は、毎日花屋を出て知り合いの盗人宿を訪ね、小妻の伝八の行方を追ったが、行方は分からない。だがある日五郎蔵は、蓑火一味で世話になった舟形ふなかたの宗平が、初鹿野はつがののお頭の盗人宿の番人をしていると、昔なじみの己斐(こひ)の文助から聞く。

 五郎蔵が早速目黒村へ会いにいくと、老人は嫌な顔つきになり、2ヵ月前、一味の与吉がやってきて、お前さんが親父を殺したので、敵討に行くといっていたが、本当かと聞いた。そこで五郎蔵は与吉を斬ったことも含め総てを話すと、老人の眼から怒りの色が消え、与吉に嘘を教えたのは小妻の伝八だと極秘情報を漏らしてくれた。

 その翌々日、五郎蔵が己斐の文助を上野の鰻屋・大和屋へ招き、更なる情報提供を頼むと、文助は一昨日夜に宗平どんが行方不明になったという。初鹿野の身内にはお前さんが訪ねたことを話していないというが、何か得体の知れない不安が五郎蔵を襲う。

 その後五郎蔵が花屋へ帰ったのは夕刻であった。灯がついていないので、急ぎ中へ入ると、血の臭いが立ち込め、土間に番人の利兵衛が殺されていた。また地下蔵の200余両の支度金や茶屋方の間取図が無くなっていた。ここにいては危険と思ったが、五郎蔵は地下蔵の下の土に利兵衛を埋めてやり、蔵への出入口も無くしてやった。

 それから五郎蔵はもう一つの盗人宿・小梅村の百姓家へ向かった。そこには彼が片腕と頼む富治の他に千次郎、福太郎がいる。途中業平橋なりひらばしで尾行されていると感じたが、気のせいで無事灯がともる盗人宿へ到着した。

 富治が戸を開け、中へ入ると、炉端にいる千次郎と福太郎の眼に嘲笑の色が浮び、五郎蔵はハッとした。その瞬間後ろの富治が短刀で背中を刺しにきたが、五郎蔵が振り向いたのと同時であった。五郎蔵は土間へ身を投げてかわしたが、肩から左腕の上部を切り裂かれた。跳ね起きた五郎蔵は短刀を抜き構えると、板の間の奥の障子が開き、小妻の伝八が現われ、亀吉を殺したのは俺だ、与吉をたきつけたのも俺だ、お前の盗めも子分達もこれからは俺のものだといい放った。

 腕利きの4人囲まれ、死を覚悟した五郎蔵が最後の反撃に出ようとした時、表戸がドンといって倒れ、平蔵と岸井が飛び込んできた。五郎蔵、後は引き受けた、亀吉親子の敵の伝八を討ち取れというと平蔵は逃げる伝八の頭へ棒を投げ、よろめく伝八の襟髪えりがみをつかみ、土間へ投げ飛ばした。

 この間に岸井が富治、千次郎、福太郎を峰打ちで倒してしまい、脇差を振う伝八と短刀を突っ込む五郎蔵の決闘が土間から戸外へ移り、改め方の者が見守る中、やがて五郎蔵が利兵衛の敵でもある伝八を討ち取った。

 その夜、五郎蔵は役宅へ引き立てられたが、そこに行方不明の舟形の宗平が待っていた。驚く五郎蔵に平蔵は、剣友の岸井殿がお前を三国峠から尾行していたのだ、宗平を捕えたのは俺だ、宗平が総てを話してくれた、だからお前に敵討をさせたのだと説明すると、五郎蔵はむせび泣いた。

 少し間を置き平蔵が、与吉を殺したことをどう思っているかと聞くと、五郎蔵は、悔むばかりで一日も早くお仕置をお願い申し上げますと答えた。そこで平蔵が与吉への供養と思い、この平蔵と命がけで働かないか、舟形も承知してくれたぞというと、宗平も長谷川様のためにやろうじゃないかと勧める。かくして2人は義理の親子となり、共に改め方の密偵となった。

 ところで映画の筋は小説と少し違っている。己斐の文助は女房のお浪を苦界に売り飛ばしたが、重い肺病にかかると、お浪をそのままにしては死んでも死に切れない。その胸の内を察した五郎蔵はお盗めを再開し、お浪を身受けして2人を会わせてやろうと考える。だが五郎蔵一味の乗っ取りを図る小妻の伝八は、文助を殺し、五郎蔵も窮地に追い込むが、平蔵がこれを助け、亀吉等の敵討をさせる。そして改め方の密偵となる五郎蔵に平蔵は支度金120両を与え、これをお浪の身受けに使えという。五郎蔵(綿引勝彦)が眼を真っ赤にして男泣きするシーンが印象的である。

 次にこの映画は五郎蔵(綿引勝彦)が初めて登場する映画でもある。以後五郎蔵は密偵達の頭領格として活躍し、150話中35話に登場する。

 その内第48話「鯉肝(こいぎも)のお里」(文春文庫9巻)では、五郎蔵は密偵・おまさ(梶芽衣子)と夫婦になる。また第80話「ふたり五郎蔵」(文春文庫24巻)では、池波の先祖の地である越中・井波生まれの髪結い・五郎蔵(岸部一徳)が改め方御用達となるが、密偵・五郎蔵が彼を大いに助ける。

 最後に歌舞伎に「曽我綉侠御所染そがもようたてしのごしょぞめ」という演目があり、本花道に侠客・星影土右衛門とその子分、仮花道に侠客・御所五郎蔵とその子分がズラリと並ぶ場面がある。幼い頃から歌舞伎に親しんだ池波が、こんなところから五郎蔵という名前を使ったと想像するのも、楽しいことである。