第61回「ふたり五郎蔵と越中・井波(1)」

  鬼平犯科帳「ふたり五郎蔵」(初出オール読物平成元年7月臨時増刊号)は、昭和61年に書かれた「秘密」と同じく、テーマが越中・井波の人情を描く小説である。ただし「秘密」と違って、主人公が越中・井波の生まれで、江戸へ出て、火付け盗賊改め方の髪結いとなるが、苦労をする物語である。
それでは、「ふたり五郎蔵」(鬼平犯科帳24巻文春文庫)の粗筋あらすじをお読みいただきたい。

〔粗筋〕 火付け盗賊改め方の人達は、毎日が忙しいし、事件があれば、清水門外の役宅で泊り込む日も多い。そこで「まわりの髪結い・・・・・・・」に役宅へ定期的に来てもらい、髪を結い、ひげをってもらう。ただ以前は中間ちゅうげんの政吉が元は髪結いなので、それをやってくれていたが、田舎へ帰ることになり、後任には、昔は飯田町の不二ふじ どこで修業し、今は独立して、まわりの髪結いをする五郎蔵・・・を推薦したので、改め方は身元調査をした上で、その様にする。
 しかし、これを聞いた密偵の代表格の大滝の五郎蔵・・・は不安を感じた。というのは、大滝は元は盗賊の首領で、その際下山しもやま五郎蔵・・・という盗賊を使ったからである。そこで翌朝、役宅へ行き、盗み見すると、髪結いの五郎蔵は別人なので、不安感が消えていった。そして手さばきが鮮やかだし、笑うと左ほほ笑窪えくぼが生まれるので、安心感が高まっていくのであった。
 夕刻、仕事を終えた髪結いの五郎蔵はした りの勝次を連れて役宅の裏門を出ると、物陰からじっと見ている男がいた。実は「五月さつき やみ」(鬼平犯科帳14巻文春文庫)の事件で、平蔵に逮捕され、刑死した兇賊・すね の伊佐蔵の弟で、何故か五郎蔵の尾行を始める。
 その翌日、髪結いの五郎蔵は本所のろうそく問屋・伊豆屋へまわり、次の日、また役宅へまわってきた。平蔵は早速五郎蔵に髪結いを頼んだが、下剃りがいないし、何か様子がいつもと違う。特に女房は元気かと尋ねた時は、剃刀かみそりを持った手が震えた位である。
 そこで平蔵は五郎蔵が帰った後、佐嶋・筆頭与力を呼んで、五郎蔵の仕事先での様子を調べる様頼んだ。その日の昼過ぎ、佐嶋が戻り、本所の伊豆屋、神田の菓子舗・桔梗ききょう屋、飯田町の扇問屋・井筒屋でも、皆、五郎蔵の誠実な仕事や人柄、女房を大事にする特長を褒めていると報告する。
 次に平蔵は、密偵のおまさを呼んで、密偵のお糸を連れて身辺を調べる様頼んだ。翌日、二人は町女房の姿になり、明神下の五郎蔵の家の近所の人達に聞くと、五郎蔵が役宅に行った四日前、女房のおみよが外出したまま帰らず、伊豆屋へ行った次の日も帰らず、行方知れずになったので、近くの御用聞き・孫七親分に届け出たという。
 そこでおまさはおみよの父親、浅草・聖天しょうてん ちょうかざり ・宗太郎にあったが、半月前に娘が来た時に、夫婦が不仲である気配は全くなかったといわれた。
 次に、かつて改め方が調べたところ、五郎蔵は越中・井波の生まれで、数珠屋の父とともに江戸に出て、不二床で10年程修業をしていた。おまさはそこを探りたかったが、女ではと思いとどまり、役宅へ向った。そして五郎蔵が御用聞きに届け出たのは、何らかの事情わけがあるからだと報告すると、平蔵はうなずき、思案にふけるのであった。
 その頃、髪結いの五郎蔵は、平蔵が思いも及ばぬ、不忍池のほとりの出合茶屋・菱屋ひしやの一室にいた。向い合う男は、先日、裏門から五郎蔵を尾行した、兇賊・強矢の弟、くれつぼの新五郎という盗賊である。五郎蔵の女房を誘拐したのも、おどして五郎蔵をここへ呼び出したのも、この新五郎であった。
 最初に新五郎は女の様な声で、おかみさんは無事でいるが、御用聞きの孫七へ届け出ているのはよくない、気をつけなさいといって、25両の金包かねつつみを五郎蔵の前へ置く。そして、遠慮なく取りなさい、ところで、二つ頼みたいことがある、それを聞いてくれたら、倍以上のお金をあげるし、おかみさんも無事に返すといった。それから、約2時間余り、新五郎の話を聞いているうちに、五郎蔵は驚き、打ちしおれ、時には反抗したが、結局は新五郎の要求に従わざるをえなくなる。無理やり25両をつかまされ、悄然しょうぜんと五郎蔵は座敷を出てゆく。新五郎はそれを冷やかに見送った後、今度こそ兄貴のかたきを取るつもりだとうめく様にいった。
 一方その頃、平蔵は佐嶋・筆頭与力を居間に呼び寄せ、髪結いの五郎蔵は何ら怪しむべきところはない、なればこそ、明日からは、髪結いから目を離すな、そして髪結いがまわる商家の様子を見張ってほしいという指示を、思案の末に、行った。(続く)