第17回『山吹屋お勝』

 『山吹屋お勝』(文春文庫第5巻)も池波の自選作の一つだが、これには実は素晴らしい原典が存在する。

 ある日巣鴨の大百姓・三沢初造が「父仙右衛門が王子権現の茶店・山吹屋の女中お勝を嫁にするので、諌めてほしい」と頼みにきた。仙右衛門は亡母の兄の子なので、承知し、鬼平は従兄が「お袋の乳のにおいがする」というお勝をすぐに見ることにした。

 山吹屋の大座敷で酒を頼んだ鬼平は、酔った振りをしてお勝の左手首を握ると、わけもなく外された。何か気になるので、密偵・関宿の利八に身元を探らせることにする。関宿は、本格の盗賊・夜兎の角右衛門の子分で、夜兎が盗みの時に人を殺傷するなという掟を破った子分が出た責任を取って自首する際、親分に共鳴して一緒に自首した。鬼平はそんな二人を密偵にしたのであった。

 関宿は三沢の親類になりすまし、離れにお勝を呼ぶと、「もしや関宿の利八さんでは」といわれる。二人はかつて夜兎一味にいた時、恋に落ち、共に殺されるか、どちらかが一味を去るかを迫られたが、結局関宿の前のお頭・蓑火の喜之助がお勝を引き取り、別れたのであった。以来15年。お勝は関宿の首に双腕をまわし、重身をあずけてきた。

 翌朝二人は決死の逃避行に出るが、武州桶川の茶店の者に頼み、翌々日の夜鬼平と夜兎に手紙を届けてきた。それには「兄を磔にした長谷川様に復讐するため、兇盗・霧の七郎がお勝を三沢の家に入れ、一月後一家を皆殺しにしようとしており、お詫びにお勝がいう霧の隠れ家をお知らせする」とあった。

 鬼平は二人を救うためにも、すぐさま隠れ家を包囲し、夜兎が「お勝さんの使い」といって戸を開け、霧一味を逮捕したが、翌朝何も知らない従兄は、「お勝さんをお嫁にする」と役宅へ押しかけてくるのであった。

 ところで池波は、この小説の4年前の昭和40年、『看板』(『谷中・首ふり坂』新潮文庫)を書いたが、そこには夜兎が登場し、三か条(盗まれて困る人から盗まない。人を殺傷しない。女を犯さない)を子分に厳守させている。この三か条が42年の鬼平第一作『浅草・御厩河岸』の真の盗賊の三か条となっている。

 また夜兎の自首が詳述されている。ある日夜兎は右腕のない女乞食が四五両を拾い、落とし主に返すのを見て感心し、食事に誘うと、女は念願の鰻を初めて食べ、その美味しさに感動している。聞けば7年前駿府の大店で女中をしていた時、盗賊に腕を切られたという。それが自分の盗みの時なので、愕然とした夜兎は一両を渡し、翌日また溜まり場に訪ねると、女は一両で仲間に馳走し、「この幸せな思いのまま死にたい」といって、本当に自殺したという。夜兎は女の回向を頼み、掟を破った、兇盗くちなわの平十郎に借りた手下を殺し、一味を解散して鬼平に自首した。

 最後に密偵となった夜兎はくちなわの逮捕にも活躍し、それが原因で暗殺される。ただし鬼平犯科帳『蛇の眼』(第2巻)では、鬼平が 夜兎とは無関係にくちなわを逮捕した話に変えられ、夜兎は死なない。

 以上、『看板』は『原・鬼平犯科帳』ともいうべき小説で、是非御一読願いたい。