第19回『雲竜剣』

 『雲竜剣』(文春文庫第15巻)では剣客医者が盗賊となって登場するが、これにも番外編があって、面白い。

 突如部下を暗殺された鬼平は、昔高島先生が牛久で堀本伯道と立ち合った際に受けた胸の傷と傷が似ており、剣友岸井を牛久に行かせる。翌朝密偵の平野屋が昔なじみの合鍵づくり師が一泊し、牛久近くの藤代に行ったというので、さらに部下を牛久へ派遣する。だがその朝また部下が暗殺され、その夜薬種屋の人が多数殺され、大金が奪われた。

 しかし、藤代では昔剣客でかつ医者の堀本がいたとわかり、また岸井が偶然鍵師を見つける。鍵師は岸井の尾行を警戒して平野屋に舞い戻り、その後藤沢近くの自分が経営する報謝宿(貧困者を世話する無料の宿泊所)に入ったので、改方が見張りに入る。

 一方鬼平は二番目に殺された部下と歩いていた鰻売りが尾張屋の老爺と連絡していることを掴み、尾張屋も見張る。また高島先生が堀本は丸子から来たといったのを想い出し、昔堀本が丸子で開いた道場に浪人が屯しているのを発見する。そのうち二人が江戸の根岸の寮へ入ったので、ここも見張る。

 他方堀本が報謝宿に入り、「十日後に尾張屋に押し込む。藤代で出来なかった合鍵をこの近くで作ってほしい。三か条を守り、金持ちから盗んだお金で貧しい人の医療をしてきたが、これが最後だ」といって、鍵師を近くの村に連れていき、その後亀戸の茶店に入ったので、改方はここも見張りをする。

 その茶店に堀本の亡妻の兄が訪ね、「御子息が最近役人を殺害し、畜生働きをしている。三日後に菓子屋を襲う」というので、怒った堀本は翌朝根岸の寮の息子虎太郎を成敗しようとするが、父子相伝の雲竜剣を使う息子に逆に斬られる。そこへ現れた鬼平は虎太郎が雲竜剣の特色である、剣を右脇に側めた瞬間、左手で脇差を抜き、投げるや否やかわす相手の腰を井上真改の大刀で突き、次いで振り向いた喉もとを切り裂いた。

 ところでこの小説の2年後の昭和54年に『旅路』(文春文庫)が生まれた。そこでは、彦根藩士の妻三千代が夫を殺した目付けの近藤を討つため江戸に向かう。だが道中伴をする家来の井上や浪人に犯されそうになり、堀本に救われる。そして堀本の手配で無事江戸に着き、老印判師の家で働き始める。

 一方井上も江戸に入り、近藤の住所を掴むが、あの時の浪人に殺される。死の間際に住所を聞いた三千代は、近藤が殺したと思い、そこへ向かうが、またも浪人達に襲われる。そこを剣客加藤に救われ、一緒に暮らす内に三千代は夫婦になろうと思うが、加藤は近藤を襲い、逆に討たれてしまう。その後三千代は加藤の下男の世話で葛飾の茶店で働くが、そこへ松戸の道場に住む近藤が通り、三千代は脇差で斬りかかる。近藤は三千代の夫が悪事を働き、自分を闇討ちした事実を告げる間もなく、駆けつけた堀本に斬られる。

 その後堀本の世話で江戸の旅籠の女中頭となった三千代は、名古屋の大店の主人に見込まれ、後妻となる。それから5年後。鬼平は盗賊・堀本の死の公表を控えたので、三千代は以後も毎朝彼の無事を祈り続ける。

 なおこの小説も昭和44年の『女の血』(『おせん』)のリメイクである。