第6回『妖盗葵小僧』

 12話『妖盗ようとう葵小僧あおいこぞう』(『オール読物』昭和43年11月号。文春文庫2巻)は、平蔵が決断力を発揮する話である。

 寛政3年7月の夜、日本橋の文具店・京屋に、御用達先の大身・旗本の用人が殿様の御来駕を告げたので、手代が戸を開けると、盗賊一味が侵入し、4百両を奪った。届け出はなく、密偵の情報で平蔵が事件を内偵すると、主人夫婦の心中が起き、捜査に入る。手代はあの声は用人であり、主人夫婦の仇討をすると涙するが、用人が重病の床にあるのも事実であった。

 その内小日向・水道町の乾物問屋・小田原屋に、同じ手口で盗賊一味が侵入し、1人殺害、5百47両を奪う。改め方が捜査すると、手代はあの声は伊豆屋の大旦那というし、大旦那は否定する。これは声色を使う事件で、蛇(くちなわ)の時よりも難しいと直観した平蔵は、すぐ旗本屋敷と伊豆屋出入りの商人を調べたが、不審者はおらず、町奉行所にも嘲笑される有様となる。

 すると新黒門町の薬種屋・丸屋に、盗賊一味が声色なしで押し込み、2百80両を奪った。改め方に届け出た丸屋は、首領が葵の紋の黒紋付の羽織・袴であったというので、平蔵以下必死に捜査をするが、手掛りがなく、幕閣は平蔵もやきがまわったというし、老中・松平定信は各奉行所に逮捕指令を出すし、平蔵の顔は丸つぶれとなる。

 11月には巣鴨の資産家・島田家へ盗賊一味が声色なしで押し込み、2人殺害、8百20両を奪った。後年平蔵はこの時ほど苦しかったことはないと逑懐した。江戸町民は「葵小僧」と騒ぎ立て、幕閣では平蔵更迭の声が高まり、町奉行所は見返す好機と張り切る。

 12月には芝・神明前の硝子細工・千切屋に葵小僧一味が押し込み、50両を奪うと、平蔵の面にやつれが目立つ。

 明けて寛永4年の5月、今度は旅籠町の白粉紅問屋・村田屋に葵小僧一味が押し込み、5人殺害、百58両を奪う。幕閣は怒り、改め方を1人増員し、長官経験者が就任し、独自の探索を始める事態となる。

 6月に今度は、神田筋違御門外・料亭・高砂屋に、亀井戸天神前・料理屋・玉屋の料理人の声色を使って葵小僧一味が侵入し、50両を奪うが、届けは町奉行所に出された。しかし京屋の手代が連れてきた父親が玉屋の畳替えをした時、声色のうまい医者が料理人を呼び、料理を褒めていたという情報を平蔵に教える。早速料理人を呼び、医者の人相書を作り、用人と伊豆屋に見せると、2人とも出入りの貸本屋だという。翌日から改め方は殺気だった。

 しかし池の端仲町・小間物屋・日野屋に葵小僧一味が押し込み、3百両が盗まれる。届けがないので、誰も気が付かなかったが、7日後また一味が押し込んで78両を奪うと、日野屋は平蔵に救助を求める。平蔵は日野屋を護る約束をし、密偵に見張らせ、自らも変装して巡回すると、人相書の男がすぐ隣りの骨董屋・鶴屋佐兵衛と話をしているのを見付け、鶴屋も見張らせる。

 9月4日の夜、尾張の元芝居役者の鶴屋は、黒頭巾、葵の黒紋付に雨合羽を羽織り、辻駕籠に乗り、それに手下17名が合流し、神田佐久間町・傘問屋・花沢屋へ向かう。人相書の元役者が番頭の声色を使い、葵小僧一味が侵入した時、付けてきた平蔵と与力・同心7名が一味に殺到する。手下全員が斬り倒され、葵小僧は平蔵に逮捕されるが、同心1名が殉職した。

 取り調べに対し葵小僧は、押し入り先の被害を受けた女性の名を列挙するので、平蔵は被害者や家族への甚大な影響を考え、記録も取らず、即日処刑した。奉行所や幕閣から批難の声が高まったが、平蔵は「われら火付盗賊改め方は、無宿・無頼の徒を相手に、面倒な手続なしで刑事にはたらく荒々しきお役目。いわば軍政の名残りをとどめおるが特徴でござる。ゆえにその建前をもって此度の事件も処理いたした。もしも、それがいかぬと申さるるなら」火付盗賊改めを廃止されたらよかろうと、びくともしなかった。

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